チャイロスズメバチ

先週NHK-TV生きもの地球紀行「チャイロスズメバチ」は面白かった。スズメバチの仲間にチャイロと名の付く種類があるとは知らなかった。早速千葉県立博物館に出かける。大きなオオスズメバチの巣が展示されているのを想い出したからである。新女王が巣別れする頃に土中より掘り出したものだ。だがチャイロスズメバチは標本箱にも見当たらない。千葉にはおらんらしい。図鑑に当たってみると記載されているのとそうでないのとがある。岩波の生物学辞典第4版の分類法なら、昆虫綱、有翅昆虫亜綱、ハチ(膜翅)目、ハチ亜目、スズメバチ科所属と言うことだろう。科の下にスズメバチ属を入れる人がいるかも知れない。TVでは信州の幻のスズメバチとして紹介されていた。生態が映像になったのは初めてらしい。
初夏、倒木の虚の中でモンスズメバチの新女王蜂が一匹で巣作りに励んでいる。第一代の働き蜂の蛹は成虫に羽化する寸前である。そこへチャイロスズメバチの新女王が乗り込んで来て、モンスズメバチの新女王を刺し殺す。モンスズメバチの働き蜂は羽化したとき、チャイロスズメバチの新女王を我が女王と認識する。ここが一寸不思議だが、動物には生まれて始めて出会った動物を親と認識する装置が共通して付いているらしい。電気孵化したヒヨコも人間のもののけ姫もそうである。もののけ姫の土台にオオカミ少女の話があることはすでにどこかで指摘したように思う。ノンフィクション全集に載っていた話だ。インドでオオカミに育てられた少女が捕らえられたが、彼女は最後までオオカミそのものであったという。羽化後モンスズメバチは義母のために懸命に働いて巣を拡大し、女王が生む実子の育児をも担当する。やがて2ヶ月ほど経つと寿命が来て、モンスズメバチの姿は消えてしまう。秋、新女王と雄バチが巣立つ頃になると、巣の幼虫は働き蜂に食われてしまう。もう巣を維持する必要がないから処分してしまうのである。生命は子孫をつなぐためだけにある。何とも残酷極まる超合理的システムである。
スズメバチはミツバチの巣を襲う養蜂家の大敵である事は知っていた。だからその他の蜂の巣を襲っても可笑しくないが、巣を乗っ取って子育てに使う、あまつさえ殺した相手の子を働き蜂にしてしまうなんて全く新しい知見であった。アリの世界には類似の習性を持つ種がいることを昔読んだような憶えがある。大型アリが小型アリの巣を襲って卵を持ち出し、自家の働きアリに育てると言うものだった。いずれにせよ、種の保存に他種の存在が不可欠なシステムを作っている以上、完結型の自前のシステムを持つ種に比べれればずっと種が途絶える危険が多いわけで、自然と獰猛凶悪な種になるだろう。
モンスズメバチだけではない。家屋に巣作りするキイロスズメバチもやられるそうだ。両種ともチャイロスズメバチと似たような体格である。だから子育てにもってこいのサイズの家を提供してくれるからだろう。狙われる方は災難である。このチャイロスズメバチもオオスズメバチに狙われることがある。しかしチャイロスズメバチは、多分40mmはあって10mm以上大きいオオスズメバチに負けてはいないのである。勇猛果敢に防戦して乗っ取らせない。毒針は長く、身を覆う甲冑は堅固であるそうな。
もう半世紀以上昔、生物好きの生徒が蜂の巣を採集しようとして逆襲に会い、ボコボコに刺されて顔を腫れ上がらせた事件を小学生新聞で読んだ記憶がある。その生徒とは中学校で一緒になった。聞いてみると、かなりの防護体制を敷いていたのにも関わらず、ハチは小さな隙間から侵入するし衣服の上から刺すし、遁走する彼を追って家の中にまで侵入し、夜中は電燈の回りを旋回して怖かったと云った。木にぶら下がった巣らしかったからアシナガバチだったのだろう。これもスズメバチの1種である。オオスズメバチだったら、殺されていたかも知れない。
A.T.Tu:「身のまわりの毒」、東京化学同人、'88にハチの毒の解説がある。スズメバチはカリウドバチでミツバチはハナバチである。カリウドバチとハナバチは毒性成分が少し違う。カリウドバチの方が中分子量、低分子量の激痛化合物の量がずっと多い。だからハナバチに刺されたときよりずっと痛い。しかし毒性を致死量で比較すると、ハナバチでもカリウドバチでもマムシでもガラガラヘビでもそう吃驚するような差のある量ではないそうだ。死に至る原因は毒作用よりもアレルギー反応である。アレルギー反応の抗原は毒性成分中の高分子量物質で、これは厄介なことにハチ種類に共通な物質がおおい。だからどんなハチにでも刺された経験のある過敏症つまりアレルギー反応性の人は、別のハチであっても刺されると、抗原抗体反応から化学因子放出に進む可能性がある。化学因子とはヒスタミン等で、それらが人体の生命システムをパニックに陥れる。予防法はハチに刺されぬようにする事だけだそうだ。心細い話だ。抗ヒスタミン薬はこの本の出版後に発展したのかな。

('01/03/05)