夜桜お七

坂本冬美が歌うお七はO-SHICHIである。私の育った文化圏では七はHICHIであった。この学校も同じ文化圏だから多分皆HICHIと発音するだろう、と思い講義の合間に学生に訊ねた。意外にもSHICHIの方が多いのである。質屋はSHICHI-YAだったから、一六銀行とは江戸前の駄洒落で当地には通用しないと思っていたが、今ではこの駄洒落も全国区になっていることになる。
坊ちゃんが勤める松山の中学の悪童の名台詞「あまりはようてわからんけれ、もうちとゆるりとやっておくれんかなもし」の「なもし」ももう死語になって久しいそうである。昭和の始めに消えたという。その地方の出身の同僚の話である。花へんろというシリース・ドラマがあって、盛んに「なもし」を聞いた記憶があるが、あれは何時頃を時代背景にしていたかしら。私は30年以上前にこの土地を訪れている。確かにその時にも聞いた覚えはない。わずかに「なも柿」と言う銘菓にその痕跡を止めていた。今またこの地を訪れてみると「なも柿」も捜し出せなかった。
私は土地土地の独特のニアンスを響かせるいわゆる方言が好きである。けっこう真似をしては覚えようとするから、ときどき不意に出てきた言葉が、さてどこの言葉だったかと思い出せないときもある。あちこち渡り歩いているのです。アット云う間に消えたのが千葉のペエペエ語だった。内房線外房線が電化したのと殆ど同時に消えた。特徴的で外から来た人にもわからんでもなかった面白い言葉だった。
褒めるにせよ叱るにせよ罵倒するにせよ言葉が豊かなほどいいではないか。ちいと皆さん、とうさん、かあさん、じいさん、ばあさんの使う言葉を伝承して発展させて下さいよ。これは学生にちょくちょく云っている言葉である。しかし最近の人間関係では、互いに個人の感情、理性の領域に上がり込むような話は避けて、うわべのつじつまを合わせる会話に終始する傾向が強い。停学になった学生の父母に来て貰って、家庭ですら腫れ物に触るように子供を扱っていることを改めて知る。
女言葉がなくなり、ラ抜きになりとどんどん無機質になって行く日本語を諦めて眺めておりましょうか。

('95/11/04)