
- アカだと疑われて捕まった教員がいた。何でも広島高等師範で挙げられた草の実なる雑誌を受け取っていたからと言う。あの作文集の何がアカなのと主人公が反発する。記憶に間違いがなければ、「二十四の瞳」の高峰秀子演じるコイシこと大石先生が口にした作文集の中の秀作の題に、醤油屋の煙突というのがあった。私は小豆島に渡って島見物をやったとき、今は近代工場になっている醤油屋の煙突をわざわざ見に行ったものである。そこには資料館があって昔の道具一式を展示していた。観光ルートに入っているらしかった。この好塩菌による蛋白分解はまことに高級で、猿酒の延長と言われるぶどう酒なんかとは発酵技術として段違いなんだろう。
- 野田の醤油屋は工場案内が懇切丁寧であった。皇室御用の醤油倉がここの自慢らしかった。発酵菌はそこの商標名が入った独自のものであると云った。銚子の町は今回訪れた。二軒の醤油屋の内大きい方は工事中とかで現場を見せてもらえなかった。ビデオとちょっとした資料室だけだった。この地方の醤油の発祥が実は紀州であるとは初めて知った。同じ黒潮の洗う温暖な気候を利用して、紀州で盛んだった、いわゆる下る醤油を現地生産したと云う。江戸では次第に重宝され、紀州の醤油を駆逐するまでとなった。この二つの会社のマークには上の字があるが、これは品質を幕府が保証した位付けの証拠であるとか。
- もう一軒に行き着いたときは見学時間が過ぎていたのに、百里の彼方からやってきたと事情を云ったら、案内人を付けて一通り見せてくれた。お上だったら絶対有り得ぬ事だ。「官官接待」の時以外は。発酵温度が30℃というからあったかい地方でないと経済的でないのは本当だ。これで半年寝かせるそうである。酒造りは冬だから杜氏が北から農閑期の副業に人を率いてやって来たろうが、醤油は農繁期に作るのである。だったらこれは昔も専業なのか。案内のうら若い女人に尋ねたら婉然と微笑んで答えなかった。うるさい爺と思われたのかもしれん。誰か代わりに答えて下さい。ここの菌も商標をかぶった名前であった。紀州では醤油造りはもう廃れているのかも知れぬが、もし残っているのなら、同じ菌があるのか知りたいものだと思った。それとも突然変異株を増やしたのであろうか。
('95/10/01)