
- 中国の知人とフランスの知人に私の核実験再開へのREGRETを書き送る。専門を通じての知人達である。反対に自分がこの種の手紙を受け取る立場だったらと思う。知人からだったら意見は意見として胸に残るだろう。見知らぬ人だったらたとえ署名があっても幸福の手紙ライクにポイだろう。やっぱりなにがしかのつながりのある相手で無ければ効果はない。フランスは気にならぬが、中国の方は受け取ったあとの事を幾分心配する。万一特務機関にばれたらその人は立場を悪くするのではないかと。今までは信書開封点検は無かったようだったが。
- 政府と広島長崎両市長が遺憾の意を表明してケリと言うのがこの種の問題のマンネリ化したパターンだった。今回はちょっと様子が違う。ひさかたのそれも世界的に実験禁止ムードが盛り上がりつつある中での強行だから、まだまだ治まらないであろう。広島市長が云うまでもなく、声明書採択で終わりの時代ではない。個人は個人のベースで何かやらねば気が済まぬ。さりとて、船を借り出して実験場まで漕ぎ出すほどの勇気と財力はない。第一、船酔で一時間ともたん。だから、手紙を書くぐらいで免責して貰っている。
- わが校は穏やかな無風地帯にある。国際政治問題など正面から議論する教官学生など見た事がない。関心はあるのだろうが、堅い議論は避けて通る。管理側からみれば、下手に走られるより専門馬鹿で居ってくれる方が歓迎だろう。謀計術策の渦巻く国際問題など素人は口出ししない方がよい。それではしかし将来は累卵の危うさである。人口爆発と大量殺戮兵器の組み合わせは恐竜絶滅の白亜紀末のシナリオを予想させるいやらしい陰を持っている。何か一つでもよこしまな連中に届く訴えをやろうではないかと云ってみるか。
('95/08/21)