MH-Sakurada式

高分子化学で最も著名な式である。分子量と固有粘度を関係づけている。最近は最後のSakuradaまで書く人はおらなくなった。皆Mark-Houwink式と云う。私だけは頑固にSakuradaを入れる。故桜田先生には直接教わったことはないが、輝かしい日本の先輩に敬意を表しているのである。日本は欧米の基礎科学にただ乗りしているなどと言いがかりを付けられて、それを鵜呑みにしているような新聞論調を見ると、国境を意識した科学者にならざるを得ない。欧米の著者はいざ知らず日本の著者までSakuradaと何故書かないのか。(IUPACがそう命名したからではないかと杉山田氏よりコメントを頂いた。)
「高分子」昨年12月号にChem. Abstr.から検索した、世界の高分子関係雑誌に掲載された国別論文数の統計が記載されている。日本はどの程度だと思いますか。世界一なんです。二番手のアメリカより6-7割多い。論文にも質があるから数だけではいかんが、高分子関連ではただ乗りしているのはどうやら欧米の方である。
私は今日の日本の高分子学界の隆盛の理由を色々と考える。それは二次大戦に破れて学術情報がどっと日本に入りだしたとき、日本が世界のレベルに引けを取らない分野であったからだと思う。MH-Sakuradaはその証拠である。京都には当時の高分子学者が揃っていた。桜田先生はその一人だった。先生方の弟子の年代になって花が開いている。京大に世界的な学者が輩出した。方々は今でも著名誌の編集委員やアドバイザーに名を連ねておられる。理論の山川先生の著作などはノーベル賞のFloryの著作と並んで長い間世界的に引用されていた。今孫弟子の年代となり、日本に広く研究層が出来上がり、論文の量まで世界に傑出することとなった。こんな例は外にあるのだろうか。
もう高分子化学も壮年期を過ぎようとしている。そろそろ我々は、先輩方が繊維化学に取り組まれた当時と同じように、全く未知の分野に目を向けるべきである。日本が突出している分野なら、日本の研究屋にとっては安住できる世界だろうが。論文数世界一は手放しに喜べる話でもないと思う。いつだかだいぶ前に、さる教授が博士コースの学生から、このテーマをやったら確実博士論文になるか、と念を押されてがっかりしたと言う話をされた。これも京大の話である。研究が喜び、研究が生き甲斐なんてもう古いというのでは創造性豊かな論文など出てこないけど。今日('97/07/23)学生新聞に「昔の京大を知る多くの人が今の京大生に対し、大胆さや冒険味が足りないことを物足りなく思っている」とあるのを見た。

('96/02/11)