優柔不断

血友症患者の非加熱製剤によるAIDS感染は厚生行政の優柔不断による人災として非難が集中した。住専問題も、煎じ詰めると、土地行政の優柔不断による結果とされている。優柔不断とは結論の先延ばしである。旧国鉄の清算事業も結局は27兆円を税金で賄う構図になる模様である。これも赤字野放しの運輸行政の優柔不断の結果である。
昔は民間もこんな風だった。私の勤めていた会社に「何も専務」と字名される重役がいて部下の仕事意欲を殺ぐ事はなはだしかった。この字名は割と一般的に使われた隠語のようでTVで聞いた事がある。その仕事ぶりは:先送り先送りで決心はしない。結論をどうしても出さねばならぬ事態になると周辺の意志がそうさせた風につまり責任が掛からないように立ち回る。ただしいっぱしの評論は吐いて存在は誇示する。利害関係のある部署との接触は努めて避ける。どうしても話合う必要があるときは、成立により利益を得る立場の人間を交渉代行人とする。
ピンと来るでしょう。しかしこんな連中は産業界が躍進期に入り国際競争に晒される時代になってからは重役陣におれなくなってしまった。成功業績を重視する気風に変わり、人事考課に制度として表に出るようになって自然と消散していった。「果敢決断」による「成果」が高く評価される制度の導入だけでも非常な効果を上げることができる。重役だけではなく平もその通りである。だが中央地方を問わず政治家官僚にはこの「古き良き」気風を頑として守っている人たちがいるのである。
「何がそうさせるのか」にはいろんな議論がある。どれもこれももっともである。「完全な独占事業である。」「絶対潰れない日の丸産業である。」「蚊が刺す程度の処罰しかない寛大産業である。」「成果を上げなくても失敗がなければそこそこに出世する罰点主義人事産業である。」「出る釘は叩く護送船団産業である。」「真の監査制度の無いお手盛り産業である。」などなど。政治家はまだ国民の審判が恐いが、お役所は入ったら最後の三食昼寝付き産業のように見える。
官僚組織が意識変革に取り組むのはいつだろう。巨大に過ぎるのである。国会も殆ど歯が立たぬほどに巨大である。マスコミの攻撃も犬の遠吠え程度の効果しかない。幾分絶望しているが、それでも少年時代の官僚の印象に比べれればかなり変わってきている。諦めずに揺さぶりましょうヤ。

('96/06/17)