
- こんな田舎に鶴瓶ざこばがやってきた。テレビ番組の収録だそうである。実物を見ようと大変な人気であった。もっともこれはお客全員が新聞社の招待で、新聞社は定員の何倍かの券をばらまいたからである。会場は明治か大正に建てられた木造の歌舞伎劇場で時折その時代のロケに使われている。歌舞伎役者も本の本来の味を確かめるためか時には来演する。しかし落語は始めてであった。弟子を引き連れてやってきた鶴瓶を見て、思わずテレビそっくりと言ってとなりのおばさんに笑われる。テレビに映る彼は地そのものであると確信できた。至って庶民的なお人である。ざこばとの掛合は即席とは思えぬほどの達者なやりとりであった。いいとこどりで編集して画面にするのではないらしい。
- 一度ある事は二度ある。今度は桂三枝一家がやってきた。場所は近隣の町の文化会館。小さな町に似合わぬ大きな会場で、町の人口の二割が入ったと言うのに一階が八割程度埋まっただけで、二階三階は始めからクローズしてあった。こんな豪壮ないれものをどう使うのだろう。あっちでもこっちでもハード作りに余念がないが、会場負けしない出し物となると素人のお稽古事ではもたないなぁと気になる。三枝一家は立派であった。久しぶりの為もあってか、弟子の前座でも結構聞ける。師匠ともなれば格段の差である。プロとは偉大なものである。
- 私は時には講演もやるが、OHPと最低限必要な話をおっかけるのに手いっぱいで、とてもじゃないが大阪落語のこの三人の噺のレベルではない。前座ぐらいも行ってないなぁと身を恥じる。でもこないだの講演では司会者から分かりよい話をして貰ったとお世辞を云われた。どだい難解な一人よがりの話が多すぎる。同じ専門なのにちょっと方向が違うだけで理解できないのはどういう事だ。学会で噺家を呼んで講習会を開いてはいかが。
('96/04/16)