
- いよいよ中国沿岸に上海を挟む地域を中心に原発の建設ラッシュが始まるようである。偏西風が大陸奥地の黄土を絶えず降り注ぐ我が国からすれば、中国の原発は我が国国民の生命に直接関係する重要な関心事である。
- フランスとかロシアの技術が導入されると云う。チェルノブイリ以降改善されたではあろうが、ロシアの安全技術には心配が付きまとう。原発のような巨大システムの安全性は設計者の安全思想が徹底統一されていないと、蟻の一穴に堤防を破られることとなる。チェルノブイリで設計者全員の眼から鱗が落ちたか。
- もう10何年も昔だが、ユニオン・カーバイドのインドの子会社で農薬工場が暴走し、深夜熟睡中の風下の何千人かを殺した事故があった。事故調査の結果は全くお粗末な理由で暴走が起こったとしている(事故はこうして始まった! S.ケイシー(訳 赤松 幹之)化学同人('95))。アメリカの親会社の同じ工場と同じに設計され同じ部品を使い同じ安全基準だったが、あとの教育運転保守管理が全てお粗末だったからである。安全思想の重さがそろばん勘定に比較してずっと軽かったと云うことである。何しろ計器も故障のままでめくら運転に近かったと云うから。
- 私の心配には中国の原発運転が安全思想を貫けるかという問題もある。チェルノブイリ事故の直接の引き金は工場実験であった。効率化高経済化の要求に運転員が抵抗できるか、実験データ採取の要求をはね除けられるか、機器の故障を精神力と敢闘精神で補えと指示されたらきっぱり炉を停止できるか。人権問題が顔を出しては一向に外交問題から身を引かない国にたとえば上記の問題を良い方向に期待するのは無理である。被害をもっとも被りやすい国家として我が国は中国の原発の安全性について大いに発言をし、その向上に協力せねばならない。原子力委員会は動燃の揚げ足取りが終わったらまず取り組んでほしい。発言が外交問題化するのを恐れてはならない。チョット言い過ぎましたかな。
('97/07/29)