村上水軍

今人気の大河ドラマ毛利元就の中のヒロインの一人加芽(かめ)は村上水軍の娘である。平成11年には完成する中国四国連絡橋が通る芸予諸島はその加芽の在りし日の活躍の舞台である。戦国時代には独立の水軍として隆盛を誇った村上氏も秀吉の天下統一がなってからは独自に通行税をかけるようなことは許されず小早川氏であったか大名の一船将となって命脈を保つ。
そんな話が大島宮窪町役場の二階にある水軍資料館の説明文に見える。滅多に人が訪れないところで休日は当直のお役人に鍵を開けてもらわねばならない。その目と鼻ぐらいの位置に能島城址がある。小島を城塞化した根拠地である。なるほどこんな所に城を築かれては運上金を払わざるを得ないと思われるような絶好の位置である。村上氏の墓所は同じ島の高竜寺にあった。大名家に引けを取らぬ大型の墓石もある。たぶん隆盛を誇っていた頃のものであろう。今はここらは有名なみかん産地である。
同じ瀬戸内海の島でも塩飽諸島は違う歴史を持つ。咸臨丸の水夫のほとんどを出した御用船方だった。大名でも小名でもない人名という一種株組織のような政治形態で明治を迎えている。年寄りが輪番で政治を行った勤番所が残っている。昔は富裕だったと見えて驚くばかりの数の寺がある。今は無住職の寺が多い。古い町並みが保存された部落があって、たまたまか観光客も少なかったために1-2世紀引き戻されたような錯覚を覚えた。それからこの島はお墓でも特異である。両墓制である。これは埋める墓と祭る墓を別にする制度である。
知人の中に村上水軍の末裔であるお人がいたことを毛利元就が始まって思い出した。塩飽諸島同様芸予諸島も過疎化が激しい。島々に関心のある人が多くなり、少しでも過疎化に歯止めがかかることを願っている。

('97/07/18)