
- 化学の実験室の引越は大変である。重量物も結構あるし、われものが多いので閉口する。学校から学校へ移った先生方の雑文を読むと随所にそれが出ていて少なくとも一年間は仕事にならなかったと書いてある。
- 本校の女性教官が引っ越された。低学年の担任をされていたから、クラスに引越予告をされ日時も定期試験後のもっとも手伝い易い時間に設定され、ボランティアを募られた。単位をくれたらやるという学生がいたが、それは論外なのでお菓子ぐらいは出ますと言ったそうである。さてその時になって待っていたが、誰もこなかったと言う。
- 何故来ないのだろうと考える。私の世代なら日頃何かと面倒を見てくれる先生が頼むんだから何をさておいても出かけるだろう。私には就職して何年か後に土地の大学に赴任してこられた先生の家の引っ越しのお手伝いに出かけていった記憶がある。第一見た事の無い先生の実験室など興味津々である、と思うが誰もこなかった。先生と並み以上の関係をもちたくない、特に仲間からそのように色目でみられたくない。親友であればあるほど相手がどう思うか気配りする。先生との縁は私どもの世代ほど濃くは感じていない。先生の研究じゃないか、学生には関係ない。学生は授業料を払っているが、先生は給料が入るではないか。おばさんでも誰でも雇えば良い。
- 理由はともあれ、こうむき出しに徳性を否定されたんでは嫌気がさす。この間中学校をあちこち訪問する機会があった。午後である。学校が終わる時間に当たったある中学では校長室を女子生徒が丁寧に掃除していた。こういう徳育をしているのにボランティア募集には応じない。震災や重油流出のときのボランティア活動が報じられてはいるが、奉仕に義務感があった我らの時代に比べれば、助けたろう精神は今はずっと希薄になっているのではないかと危惧した次第である。
('97/01/21)