呉服

ここら燧灘地方は人口10万前後の中小都市が散在する地方である。江戸時代は10万石に満たない中小大名の領地が並んでいた。大抵にお城があって、縦横100メーターに満たない繁華街らしいものがあって、町の外れに分不相応な鎮守の社がある。どの町も半日かければ町の隅から隅まで見物できる。私は機会を捉えては歩き回る。
人口は減少気味だし、産業も近代、伝統を問わず沈滞ムードになって久しい。中心部のアーケード街でも戸を閉じたままの店が半分を占めるところだってざらにある。見慣れているわが町では不思議とも思わずに見過ごしているが、同じ情景を余所で見つけるとはっとする。昔北海道に旅行して街路樹の美しさが気に入り、帰ってからつくづく見渡すとわが町にも結構生い茂っていたことがあった。感覚的にはあれと同じだが、こちらは寂しい話である。
田舎町の寂れかかった商店街など魅力的でないのは当然であるが、どこへ行っても例外的に、不思議にあか抜けして美しく見えるのは呉服店である。縮緬のろの着物などまことに涼しげである。今様の寛斉やJunnko Koshinoの浴衣地も帯もなななかである。着物の美しさだけでなく、ちょっとした小道具をあしらった配置に気が利いた店が残っている。繁昌しているようでもないのに小ざっぱりしているのは伝統を背負っているからだろう。いつか竜野で着物の展示会を冷やかしたときに聞いた話だけれども、全国で年に何百軒と呉服屋が店を畳んで行くそうである。残っていると云ったのはそのためである。わが町でも数軒と無い呉服屋の内いつも店を開いているのは3-4軒だろうか。
私が着物を着なくなってから4-5年過ぎた。周囲が着ないとだんだん億劫になるのである。多分男の着もの姿は近隣では私が最後だったのではないか。お盆の浴衣も余り着ないようになった。女性の和服は結婚式卒業式成人式などなどで結構お目にかかれる。しかし着馴れぬ精もあろうし、既に親の代が和服離れしていたこともあろう、洗練されていないなあと思うときがしばしばある。美しさを出そうと思うなら、常日頃着物をいとおしく思っておらなければならない。常日頃目を肥やす訓練をしておらなければならない。

('96/07/31)