
- 入り口で女形が愛想良く記念撮影に収まってくれる。なかなかの美人である。と思ったら彼女は本物の女だった。歌舞伎は女形であると決めているからの失敗。そう、とうとう金比羅歌舞伎の金丸座に来たのである。今年は団菊揃いぶみに籐十郎といつになく人気役者が揃った。だしものの中に「すし屋」があった。今回は団十郎であった。後でNHK BSで歴史的名優の「すし屋」特集があった。富十郎と松緑だったが、それが何と全く同じに演技するのである。舞台装置も全く同じ、のれんの模様まで同じであった。徹底して伝統を踏襲するのだなと改めて感心する。
- ここでは役者が、大劇場のように遠く小さく見えるのではなく、間近にしわまで勘定できるほどに見える。昔の標準的な芝居小屋なのである。桟敷は枡席で窮屈なのは覚悟の上だったが、あぐらはかけないから幕が下りるとホッとする。日本人は小屋が出来た江戸末期に比べればずいぶん大きくなった。昔はこの大きさで良かったのだろう。観客は女性がほとんどである。数えたら男は5人に1人だった。男性優位の社会だかどうだか知らぬが、生活を本当にENJOYしているのは女性である。それも中年以上が大半だった。
- 蝋燭を模した電球の紙燭が瞬いて雰囲気を作る。と言っても照明はさすが現在流である。こうこうと光を当てて足指の動きまで見せてくれる。それでも両わきの桟敷の障子から自然光を取り入れて昔の感じを出す。今回の出し物にはなかったが、幽霊や化け猫の出るシーンでは廊下の窓にはめた戸板を一斉に下ろすのだそうである。だから窓にはガラスも障子もない。冬は寒い事だったろう。金丸座では一切が人力で、つまりボランティアの力でやるのだそうだ。大勢のお茶子もボランティアだそうである。
- この歌舞伎の切符は抽選だが、今では宝くじほどに当選困難である。でも旅行会社からなら割に手に入る。旅行会社のそれはセット商品で、一泊夕朝食に弁当菓子付きである。だから芝居の切符の3倍は掛かる。公演は昼間だし、日帰りできる場所に住んでいたのだが、高い観光旅館に泊まり、あまり旨くもない豪華料理をカロリーの心配をしながら食い、滅法辛い二段重ねの弁当をつまみ食いせねば見に行けぬのはチト業腹である。おまけに旅館には上中下があって私などなるべく安い旅館を選んだものだから席も末席に近かった。席の位置は旅館に着くまで分からぬ仕組みになっていたので何となくうさん臭くは思っていた。
- 金比羅大権現礼拝。五人百姓の売る飴を土産に買う。五人百姓とは祖先の功績で、ただ五軒、許されて境内で土産を売る店である。御書院拝見。円山応挙の襖絵が見事。偶然翌日の新聞に民家から応挙の鶴の屏風絵が発見されて京大文学博物館に展示されていると言う記事がカラー写真入りで報じられた。御書院の襖絵にも同じ様な鶴の絵があった。ただ襖絵には屏風絵のような丹頂はなかった。始めからか色あせたのか今となっては確かめられない。
('96/06/27)