ハワイの印象

スーパーマーケットの旅行懸賞に当たった人が都合がつかなくなって、我々にその幸運を割り振ってくれた。おかげで何十年ぶりかでハワイを訪れることができた。前の訪問は、ホテルの食堂のおばさんが日本語で「二世です。」と自分の方から近づいてきた、戦後がとれ始めた頃だった。今度の訪問では日本人を見かけない場所を見なかったぐらいハワイは日本化していた。ただ正統な日本語が話せるのは高齢者だけのようで、あとは日系でもたどたどしく外国人の日本語である。
言葉で外国を感じたのはバス、飛行場ほか主に公共の乗り物や施設でである。それとて何とかあちらがブロークンイングリッシュ慣れしているからあまり困らない。ただ私は耳が極端に悪いのでヒヤリングは家内の勘に頼っていた。結構聞き分けてくれるので助かった。
一番印象に残った場所はビショップ博物館である。何よりも設立の善意が気に入る。王家の姫を妻にしたアメリカ人が、妻の死後に彼女の財産を基礎に財団を作り、住居をハワイの歴史を展示する博物館にしたのが始まりで、ほか現地人のための学校を経営しているとか。ハワイの土地は今はほとんどが現地人の手を放れている。はじめは釘一本に豚2頭ウイスキー一瓶に百坪といったべらぼうな取引で、結果としては全部の土地を手放したそうである。こんな話をボランティアのおばあちゃんが館内案内のときにしてくれた。品のよい方でなかなかの教養人だった。その高校は今は豊かな財政事情もあってハワイの名門校になっているそうである。入学生は地区ごとに人数を割り当てているという。
「ダイエー」という運転手の声でバスを降りる。スーパーで違うのは運搬用の手押し車の背が高いことぐらいである。買い物にはあちこちでつき合った。ショッピングセンターにしろ免税店にしろABCストアにしろ同じ品に対してずいぶん値が違う。ABCとはチェーンストアで町角ごとと云えるほどにある。生鮮品の一番安い場所はワイキキの一番はずれのABCだったそうである。
繁華街は夜にはいると色んなパーホーマンスを見せてくれる。石膏像のように純白でいかにも彫ったという顔が微動だにしないので遠目に彫刻かと思ったら真っ白に塗りたくった生の人である。オームを肩になにやら通行人と賑やかな人がいる。見目よい小柄の女が二人伴奏に合わせてにこやかにフラを踊っている。ハワイ人でない、白人である。辻説法らしい風采の人が声を張り上げている。うっかり関わり合ったら法外なモデル料とか協賛料を要求されて怖い目に遭うからとバスガイドのおばあちゃんが教えてくれていたので、カメラは向けず仕舞いだった。だがデジカメとはすごいものである。フラッシュなしで何でも写る。
写真はハワイ空港を降り立ったとき歓迎のレイを渡された後モデルと写真を撮っているところです。あとで1枚2000円で売りに来ました。

('97/06/29)