上海

今回クルーズ(上海・青島浪漫クルーズ)の三つ目の寄港地は上海である。目覚めたときはもう上海に着岸していた。潮流の関係で夜中に川を遡る。旅券審査はもうない。8:50ギャラクシーラウンジに集合し、旅が始まる。朝早い出立は排泄生理の関係で苦手だが、上海は日本の1時間遅れだから問題ない。川をひっきりなしに何百トンオーダーの貨物船が行く。川水は土色だ。岸壁に沿ってコンクリート建造物が並ぶ。建築中のものも多い。斜交いが無く危なかしく見える。地震対策が必要ないからだろう。小雨模様であった。
半日観光の豫園コースのバスに乗る。青島同様に建設ラッシュで、次々に新しい高層ビルが造られているようだ。昔の2F建て家屋には取り壊しのための足場が外壁に取り付けられている。竹を材料としているのが面白いが、むしろ形鋼よりも事故が少ないという。豫園は、明代である400年昔に、高級官僚が老親のために18年かけて築いた人工庭園という。数々の戦乱を生き抜き再建や改修復旧がなされたという名園である。歴史と同じ長さの400年という樹齢に達した銀杏の木、タイサンボク、満開のハクモクレン、花のツバキを見た。隣接して同じ明代様式の建造物が並び、レストランやおみやげ店で埋まっている。
曲がるたび、建物や庭園にぶつかるたびに写真を撮った。デジカメは何百枚撮ってもHDに移すだけだから、あとの面倒を気にする必要がない。この旅行では500枚以上撮った。バス停車場から豫園入口までの歩道には物売りが犇めいていた。車中ガイドから説明があったが、彼等が持ち歩く品は有名ブランドの時計とかバッグのコピー商品で、中には馴れ馴れしく「シャチョウ」と声をかけ手を肩に掛けてくるやつが居る。ちょっと失礼なと思った相手には大声で「イラナイ」と云ってやった。ガラスビンに銭を入れガラガラ言わせて付きまとうのは物乞いである。観光地としての印象は悪かった。
午後は13:30のシャトルバスでセントラルホテルまで行き、南京東路を歩いた。ホテルに至るまでの場所のあるビルに人が長蛇の列を作っていた。中国では自動車登録前にナンバープレートを買うのだが、それがどうも自由価格のようで、自動車ブーム過熱により5万6千元と言う相場にまで上がったという。90万円ほど登録手数料以外に必要なのだ。自動車が一種のステータスシンボルになっているのであろう。南京東路は土日を歩行者天国にしている。道路を遊園地の子供バスのような乗り物が動いている。見物におすすめの乗り物だと現地説明員が言った。両側に立派な店舗が建ち並ぶが、我々の買い物対象が少ない。却ってセントラルホテルの2Fの客のショッピング用店舗の方が、我々のニーズを満たしてくれそうな雰囲気であった。ホテル16:00発のバスで戻った。20分ほど掛かった。小雨が降り続き遠くは霞んで見えなかった。
私ら夫婦はだいたいほとんど同行動を取っている。でも夫婦別行動型が意外に多い。片方だけが船客であったり、乗ってはいるが船内もオプショナルツアーも別々であったりする。この年齢になれば、案外独立的に行動する方が互いの負担にならなくて円満なのかも知れない。
次の日は9-16℃の予報が出ていた。玉仏寺と上海博物館の半日観光を選んである。玉仏寺は大寺ながら歴史は浅く1880年代創建と聞いた。建物がぎっしりと敷地を生めている。だからかそう大きな寺とは思わなかった。玉仏と言うとおりご本尊が玉で出来ている。額にダイヤが光る。赤布に大書されたスローガンは宗教の政治への配慮がにじみ出ている。信者が火のついた香の束を持って熱心に願掛けか礼拝を繰り返す中を、大勢の観光客が押すな押すなの盛況だ。入場料は20元。黄色い袈裟姿の僧侶2名をかいま見た。修行の場は別になっている。禅寺。
上海博物館は人民広場の真ん中にある。広場は市役所他の公共建造物に取り囲まれている。モクレン、ハクモクレンの他に黄色い花が咲いている。迎春花というのだそうだ。一般入場口には人の長蛇の列ができていた。入場料はただだが、館内入場者数を制限しているのだ。我々は1週間前に予約がしてあったとかで並ばずに済んで幸せだった。ちゃっかりした中国女性が素知らぬ顔で我々の後を付いてきた。少数民族民俗品、貨幣歴史の展示が4F、書画が3F、陶器が2Fという。銅器が出入り口の1階にある。1時間40分の見学だからと言うので、我々は4、2Fを選んでそれも駆け足の鑑賞であった。
TVの紹介である程度は知っていたが、少数民族衣装の豪華さや手の込んだ刺繍は全く驚きだ。貨幣も陶器も何もかも段違いに品数、質に優れていた。でも冷房が効きすぎていて気分が悪くなった。人数制限のために、台北故宮博物館で経験したような、押し合いへし合いしかも説明員の声高のうるさい解説など無くて、世界に通用する一級博物館と思った。説明ラベルは中国語と英語で我々は日本語解説インターホーンで聞いた。でも最後まで聞くと時間が掛かって仕方がないので、途中からはざっと見て歩くだけになった。たとえば陶器なら、唐三彩も景徳鎮も知っているから説明なしでも何とか評価が出来る。TVの「何でも鑑定団」からの知識も存外に役立った。
昼食に飛鳥に戻る。13:30のシャトルバスでセントラルホテルへ。昼から晴れたので車窓からバンバン写真をとった。広場で歌手が唄っている。日本の歌曲だった。今回は目的があった。SILK KINGなるお店で絹の中国服を買うのである。ほかに1人旅らしい女性2人が一緒だった。女性だけで歩くのはやっぱり心細いらしい。半袖が550元であった。2着でいくらと聞いても国営故いっさいまけない。定価販売の方が時間のない我々には都合がよかった。手持ちの現金から300元を払い後をクレジットカードにした。歩行者天国の中を、昨日見た南京路歩行街観光遊覧車(切符名)に飛び乗る。動きかかっている車に乗ったのは終戦直後以来であった。切符売りが追っかけてきて1人2元を取る。端から端まで乗りセントラルホテルに戻った。落語の三遊亭楽麻呂師匠は地下鉄で上海駅に出たそうだ。私も次の機会には乗ってみようと思う。家内は地下鉄を「危ない場所」の一つと教え込まれているようであった。今は地下鉄の線路は4本だけだが、計画では近未来に倍々になるという。
夕食はイタリア料理であった。中国の観光船が多数飛鳥の近くを遊覧し、飛鳥を眺めている。非アジア人も多数乗っている。貨物船の往来は相変わらず激しいが、潮の満ち引きに合わせて往復を選ぶため、時間帯により片側だけがやたらに多いという結果になっている。

('08/03/31)