シンポ「京都からの提言U」

シンポ「京都からの提言」には、3/8に横浜の新都市ホールで開催された京大附置研究所・センターシンポジウム「京都からの提言〜21世紀の日本を考える(第3回)〜」から、万能細胞関係の講演に絞って記述した。このUではそれ以外の講演についての感想を述べる。
松岡雅雄先生(ウイルス研究所副所長)は「ウイルスと生命と病気」という題で話された。ヒトのゲノムの4.7%は、昔々侵入したレトロウイルスの名残だそうだ。ウイルスRNAがヒト細胞内でDNA変換して潜んだまんまになっている。彼等はもうウイルスに戻れない化石だ。それを宿主が例えば胎盤細胞を養うために利用している場合だってある。だが新参ウイルスは、レトロであろうと無かろうと、まずはヒトに対してアウトローとして働く。西ナイル熱、エボラ出血、ニパウイルス、ポリビア出血、ヘンドフウイルス、SARS、チクングニヤ熱、エイズ、マーブルグウイルス、C型肝炎、ヒトT細胞白血症、狂犬病あたりが近年世界を騒がせているウイルス病だという。それにインフルエンザである。
本HPには「感染症は世界を動かす(その2)」に岡田晴恵:「感染症は世界史を動かす」、ちくま新書、'06のインフルエンザ関連記事を紹介している。まだ耳新しいSARSは致死率9%という強毒性であったが、'03/7に台湾を最後に終焉した。自然宿主がコウモリの、風邪に近い飛沫感染型の危ないウイルスだったが、中国地域内で収まった。だがインフルエンザはこれからの脅威が取り沙汰されている感染病だ。過去('18、'19)のスペインカゼと称されたインフルエンザでは日本だけでも39万人が死んだという。もとは鴨を自然宿主として共生しているウイルスだったが、ニワトリに移ってから強毒性に変わり、そのトリインフルエンザを貰ったヒトは63%が死亡している。インドネシアが危ない。未だヒトからヒトへは感染していない。WHOは現状を全5段階の中のPhase 3と分類した。タミフル耐性ウイルスが出現している。
坑エイズウイルス薬は今や22種になり、さらに最近2種加わった。ウイルス増殖過程のあらゆるステップを対象に新薬が開発されている。私が危機感を持って学生に講義をした頃は、わずかに3種類であったのに比べると、新薬開発の早さは心強い。レトロウイルスは遺伝子の修復能力が欠けているから変化が早い。新薬が開発されてもたちまちに耐性があるウイルスが出現する。今後もいたちごっこのまま歴史が進むのであろう。効き方の違う薬があるから、耐性には組み合わせによる抑制が有効だそうだ。抗ウイルス剤による母子感染を防ぐ方法も開発された。新生児が産まれながらにしてエイズ患者という悲劇が少なくなる。非治療なら感染後4-5年の寿命であったが、早期に罹病が発見されれば、今では普通の人と同じ余命を期待できるまでになった。ただし、薬は飲み続けねばならず、それが200万円/年と非常に高価である。
小松賢志先生(放射線生物研究センター長)の講演は「放射線や紫外線にみるDNAの傷と生物の危機管理」というテーマであった。私は丁度1年ほど前に東嶋和子:「放射線利用の基礎知識」、講談社BLUE BACKS、'06を読んでその書評をこのHPに載せた。そこに書いたように放射線とは割に長い付き合いだ。だからか、引退後の進歩には関心が深い。紫外線の作用程度には大きな人種格差がある。それにしてもオーストラリア白人の半分が皮膚癌患者で、まさに国民病だとは知らなかった。有色人種特に黒人は皮膚のメラミン色素のおかげでUVカット出来ているはずだ。UV-Bが皮膚基底層に到達して遺伝子にいたずらを仕掛ける元凶だ。基底層には幹細胞があって明日の皮膚を作る。ヒトはDNA損傷に対しては、まずは一次修復機構としてヌクレオチド除去修復を行う。紫外線による化学装飾基結合切断、ペア破断には十分対処できる。
だが電離放射線レントゲン線で鎖が切断しDNA障害をもたらすと、アポトーシスのプログラムが働いて細胞を自殺させ全体を救おうとする。これが最後の砦である二次修復機構である。ヒトの歴史20万年の中で、デンプンを食用に多用するようになってアミラーゼ遺伝子が増加し、牧畜を初めて7000年の今小腸ラクターゼの発現は著しい。お付き合いの無かった放射線にはヒトは無防備で最後の手段で対抗する以外ないのだ。今、土井宇宙飛行士が国際宇宙センターに日本実験棟を建設すべく、衛星軌道で奮闘されている。宇宙では宇宙線が強く3週間で許容量に達してしまうそうだ。医院のレントゲン線撮影でもデジタル解析精度向上に、X線強度を知らず知らずに上げている場合があるという。オーストラリア白人では現地生まれの方がずっと確率が高い。紫外線被爆量が移住者より多いからだ。原爆で0.2グレイ以上を浴びたヒトの子には小頭症が見られるときがあった。染色体異常症にナイミーヘン症候群があり、高放射線感受性が特徴で、小頭症やガンを多発する。原爆で類似の染色体異常を受けたためであろうか。紫外線、放射線は怖い。要注意。
次は高林純示先生(生態学研究センター長)の「生態学が浮き彫りにする"いまそこにある危機"」というお話であった。所属の研究センターが滋賀県にあるからだろう、琵琶湖の環境保全から話が始まった。河川水路の改築水田構造変化などが、微妙な生態系に大きな影響を与えている。千葉県立博物館にも同様の趣旨の展示がある。講演では暖冬による湖底の無酸素化で湖底魚イサザが減少した話、赤トンボが生息地ネットワークの変化で激減した話がでた。嘉田由紀子知事が琵琶湖環境の専門家であったことはよく知られている。県民の選択は正しい。京都府北桑田郡美山町は茅葺きの里として有名だ。そこで成功した水菜の無農薬ハウス栽培の話は面白かった。蛾の幼虫の食草なのだが、その駆除に寄生蜂を使う。幼虫孵化成長のタイミングを合わせるために、蜂用の砂糖水のビンを置いておくだけでよいらしい。「放射線利用の基礎知識」に、沖縄ではニガウリ(ゴーヤ)の害虫ウリミバエの絶滅を、放射線で不妊化したオスの成虫を放つことで達成したことが載っている。交尾能はあるが生殖能のないオスを作り、自然に育ったオスと交尾回数を競わせ、時間を掛けて有性卵の数を減らしていったわけだ。これも無農薬化成功例だ。陸地の広い本州では、放射線よりも寄生蜂利用の方が優れていることは明らかだ。
パネルディスカッションで、ヒトゲノムプロジェクトにおいてアメリカは倫理的、法的、社会的課題にたいし研究費の5%を振り宛てることを義務化していたという話を聞いた。わが国もゲノム解析に多大の貢献をしたはずだが、社会還元を疎かにしていたために、例えば知的財産所有権についてはアメリカなどの後塵を拝する形になったというような反省があるらしい。ハッキリは表明されなかったけれど。

('08/03/15)