牛丼一杯の儲け

坂口孝則:「牛丼一杯の儲けは9円〜「利益」と「仕入れ」の仁義なき経済学〜」、幻冬社新書、'08を読む。吉野家に客として入ることはあっても、中で働いたことも、この手のチェーン店を経営したいと思ったこともないから、ちょっとお門違いの本だが、量販店同様、数でこなす商売が目立ちだしたのは卒業後遙かあとのことで、私は外面しか見ていないから、原価の仕組みに興味を持っていた。
表題に牛丼とある以上は、和食はもちろんファーストフード、ファミリー・レストランからコーヒーのチェーン店まであらゆる食い物飲料の店をカバーしているのだろうと思ったが、実際は牛丼屋の他はコーヒーのスタバと居酒屋チェーン店だけであった。話は電子機器関連企業の経験が基本になっているようだ。気づいた点を上げよう。まず牛丼屋の人件費。店長の月給が入っていない。日本マクドナルドと洋服のコナカが店長は管理職かで訴訟に破れ、店長にも一般労働者と同様残業手当を付けねばならなくなった。だがこの本にはそもそも店長とかおやじさんとかいう経営の芯になる立場の人を置いてない。アルバイトの1人が店長役をやるのだったら、無責任体制もいいところだ。中国製餃子どころの話ではない。チェーン店がフランチャイズ制で、資本は店のオーナーが持ち、K/H料看板料を本舗に支払っているとしてもおかしな話である。
日本のスタバはアメリカの本舗に5%強の技術料を支払っている。誰でもコーヒーぐらいは入れられるし、要領よく流れ作業的にコップを整理することぐらい、ロボット化の得意な我々には造作もないことだ。ずいぶんふんだくるものだと思ったが、営業指導には曰く言い難しの面がある。昔松下幸之助は当時家電の先端を行っていたオランダのフィリップスと技術提携したとき、日本の販売子会社から2%の営業指導料を取ると言って、フィリップスを納得させた。松下は当時ナショナル協賛店を展開していて、そのルートを活用するのに取った指導料であった。技術料は常識的には3%ぐらいの時代だった。こう見ると5%は納得できる。
居酒屋が丼勘定をやめて1品ごとの原価計算をしている、それはそれは徹底していて、ビールなら受注後テーブルに渡すまで60秒、焼酎だと105秒と細かい人件費計算をやる。本田宗一郎が、新入大卒がストップウォッチ片手に労働分析を始めたのを見て、ホンダでは無用の手法だと叱ったことを思い出す。だが、居酒屋では有用の手法のようだ。
副題からも分かるとおりこの本は物流屋の手の内である。企業では購買部とか原料部とかいう部署の社員の心得帖だ。私の現役の頃の物流屋は一種特別の部落であった。日本は一般的には文系優先社会なのだが、ここの部落民は文系ながら、たまには見事な値切り交渉の成功で社長賞を取ることもあるが、注目されるのはその時だけで、出世コースからは外れている。その反面、札束を切る立場はいかにも強くて、商人たちにモテモテの生活だ。会社だけではなく私宅や家族にまで、抜け目のない接待や贈り物攻勢がやってくる。社宅に住むと宅配便が目立って都合が悪いので、勤めている間は安アパートを借りている。退職してからすぐ引っ越す。行き先は極秘だが、何でもたいそうな豪邸だったと噂が流れる。別に私の勤務先で起こった事例ではないが、マスコミ話題の悪い方のネタを総合するとそんな物語が出来そうだ。本書にも似たニアンスの小話が所々にさりげなく出ている。でもこんな前近代的経営ではいかな老舗でもお仕舞いだ。2/18守屋前防衛省事務次官のゴルフ接待漬けの毎週に関する報道が改めてでていた。彼も家族ぐるみだった。汚職報道数は官関係が圧倒的に多い。親方日の丸とは結構な身分だ。いつまでも前近代的前掛け経営で、巨大倒産寸前赤字財政でもノホホンとしておれる。
仕入れ価格を下げる方法が幾通りも載っている。私はもう引退しているからか、会社経営の手段としては興味がわかない。どれもこれもホリエモンなら「想定内」と言ったであろうitemだ。でも隠退生活への応用となると面白そうなのがいくつかある。分かっているけど慣習的にやらないあるいは無精してやらない方法だ。その1、中間マージンを吹っ飛ばせ。ハウスメーカーに直談判をして、何百万円もの値引きに成功する。実際にあった話だそうだ。でもやったのは著者の知人だから多分物流屋で、相手は現役時代は何かとつき合いのあったメーカーかも知れない。その2、レンタルを選択肢に入れておくこと。利用頻度の低い設備、セカンドが頭に付く設備には絶対必要だ。別荘、車、テレビ、パソコンetc etc。2番目でなくても技術進歩が著しいもの、モデルチェンジの激しいものなら対象だ。でもそれは一般的な表現で、使いこなすのが趣味の人間には不必要の場合もある。私の車もパソコンも10年を超してまだ現役である。w-95時代のパソコンを使っていますと言えば、たいていの人はあきれ顔だ。私の散歩道に、リビングカーが駐車している。動く姿を見たことがない。低所得者層向けの公営アパートだから、セカンドカーではないだろう。オーナーは衝動買いだったのだろうといつもそばを通るたびに思う。
弱い仕入れ先から叩き買いをする。そんな話は聞き飽きている。倒産店から二束三文で大量に仕入れる。これもよく聞く。古くなった電子製品を回収しますと、よく小型トラックが回ってくる。廃棄費を取った上に、リニューアルして売ったり部品だけ回収販売する。単価は変わらないが製品がどんどん小さく薄くなることには慣れている。家内はよくくるみパンを例に出す。クルミの量は減るし、パンが小型化する。値は同じ。薄くと言っても味はどこも落とさない。減塩は健康効果のためでコストは二の次の問題だ。味が落ちたなどと評判になればその店は一巻の終わりだから。ただ味を代替え品とか調味料でごまかす作業は行っている。
ソフトバンクが携帯の販売攻勢をかけたときに電話料タダと広告し、小さく小さくその条件を書いて物議を醸した。素人の一般消費者相手の事件だが、プロ同士の商売でも似たような準詐称事件は日常茶飯事のようだ。DELLが日本のパソコン販売シェアを急速に伸ばした。部品を世界各国から安価大量に仕入れ、販売は中間業者を入れない直販だからと聞いている。日本のメーカーは品質に対するこだわりが強い、またそれを要求されていると錯覚している。本書によると、0度までの保管しか耐えられない部品と、マイナス20度までの保管に耐えられる部品では、価格が3〜4割以上異なってくる。勝手な想像だが、DELLは必要最低限の品質にすることでも稼いでいるのではないか。再生紙の実際の回収紙含有量がスペックよりも低かった事件があった。紙としての品質と含有量が両立しないとき納入業者はもちろん前者を取る。購買側担当者は目を瞑っていたのだろう。マスコミに悪者にされたのは納入業者だが、本当は仕入れ側がぎりぎりの妥協点を見損なった、あるいは知りながら対外的に100%回収紙と格好良く打ち出していたために出来ずにいたからである。コストが高くなる配合で納入できていたのだから、納入業者は価格交渉上は成功していたことになる。
メタミドホス入りギョウザ事件で中国食品工業に対する信頼が揺らいでいる。ギョウザ以外の食品からも検出されだした。私は中国人の民度の問題だと思っている。本書はこの農薬中毒事件以前に書かれているが、民度の低さが指摘されている。中国の会社に100個送ったはずなのに、90個しか届かない。さらに保管庫に入れておくと80個、すっかり無くなることすらあったと。かってはと断ってあるので、今は改善されているのかも知れない。上例ほど極端ではないが、我が国の小売商店でもけっこう万引きに悩まされているという。多いのはなんとバイト店員によるものだそうだ。スーパーのレジをバイトにやらせていた。友達が同じ品30個を持って通る。レジは10個と計算する。利益率1%そこそこの量販店がそれをやられたら、たちまち赤字に転落だ。「江戸奉公人の心得帖」には商家が信用を守るために、病的と思えるほどに内部の不肖事件を隠し、奉公人の忠誠心向上に勉めたことを記した。日本の企業風土には、用心棒のような極端な臨時労働以外には、バイトとかパートとか派遣とかの思想は元来存在しなかった。単純肉体労働にもちゃんと台所衆という常雇いがいた。現在の労務費の変動費化は所得格差ばかりでなく、倫理格差の拡大にまで影響を及ぼしている。流動的労務者は、今では物流屋の扱いになろうとしているのだろうか。ちょっと心配になり出した。

('08/02/20)