リメークの椿三十郎

黒沢明監督、三船敏郎主演の旧作は映画館では見なかったが、ビデオで何度も鑑賞した。もう40数年も昔の作品だが、未だに色褪せぬ娯楽時代劇大作で、天下一品である。今回のリメークでは監督配役以下すべてが替わったが、脚本だけは昔の本である。そこが気に入った。真っ正面から旧作に向き合ったリメーク作品は実は少ない。週日の昼間であったためもあってか、入場者数は意外に少なく10名あまりだったと思う。
鮮明な映像。旧作のビデオは製作後何十年か後のTV録画だから画面は劣化していた。それを見慣れた目にはまことに新鮮に映える。デジタル映像時代に入ったから、今後は、極端な場合、雨の降るぼやけた映像から、かっての名優の演技を想像するような鑑賞法は取らなくて済むこととなるだろう。旧作は白黒だったがこちらは総天然色。白黒は白黒なりに作られるから一概に比較できないが、カラーの方が自然に肩を張らずに鑑賞できることは事実である。フィルム時代の録音は音声に歪みを伴い、多分高音の記録が困難であったと思う。ことに黒沢の作品は男の罵声が聞き取りにくかった。これは私だけではなく皆そう思ったようで、新聞に苦情が載ったことを覚えている。それに比べて今回作品は、俳優の発声法もあるのかも知れないが、明瞭自然な音声に録音している。技術進歩の賜物と言えるのだろう。
カラーが生きた場面は、もちろん、三十郎が、椿屋敷から、突入の合図である椿の花を流すカットである。赤の椿か、白の椿かが問題なのだが、中間の赤の斑入りの白椿が花を咲かせていて、それをネタに三十郎が縛られた姿でありながら相手を翻弄する。この斑入り椿は旧作にはなかったはずだ。カラーなればこそ出せた新演出なのである。新演出と言えば、最後の決闘の場面が少し違っていた。旧作では敵役・室戸半兵衛(仲代達矢)が切られた瞬間、大量の血が空中に噴き出す。仲代の胸にパイプを埋め込みタイミング良くポンプで赤液を噴き出させた。黒沢の有名な演出である。白黒時代だったから、画面には黒い液が噴いただけでそう残虐に見えなかった。でもこの演出ではカラーでは通らないだろう。森田監督は、殺陣のシーンを少し長くし、最後に剣の手をクローズアップし、互いに相手の剣をもぎ取り合って一瞬三十郎が勝つ演出にした。真っ赤な血が飛び散るような映像は、平和日本では好まれないから適切である。最近の時代劇では満足にチャンバラが出来ない俳優を多く見かける。TVに多いようだ。この映画全体に云えるが、特に最後の立ち回りは黒沢映画に見劣りしない決闘シーンで、今後のわが国の時代劇に明るい将来を見た気がする。
冒頭の密談の場面にあるように、城代家老は味方からも、風采の上がらないつまらない顔の人物と思われている。自らは馬面だと認めている。旧作の伊藤雄之助は見事だった。新作の藤田まことは馬面は認めるが、結構家老の風格が出ていて、さてどちらが脚本に近い家老なのかと思う。筆頭三悪人の1人:竹林の風間杜夫は道化役としてちょっと過剰な演技だった。旧作の藤原鎌足を意識しすぎたか。菊井の西岡徳馬、黒藤の小林稔侍は無難であった。旧作では若手も名優揃いだった。現代では、個性派俳優と言えるほどの演技が出来る若手がすっかり少なくなっている。だからか、森田監督は若侍をオーディションで選んだという。旧作では、丑年生まれかと三十郎に揶揄られる田中邦衛演じる若侍など印象に残る脇役であった。新作ではどうなったかと注目していた個性の一つであった。なななかの演技であった。顔立ちとかメークが、もうちょっと個性的であったらもっと良いのにと思った。
この映画は、男臭さが売り物の作品である。だから女優は男を際立たせる脇役としてちょい役でも重要だ。家老夫人はちょい役ではないが、旧作の入江たか子に対し中村玉緒が演じた。玉緒は前作の悠々迫らぬ家老夫人のムードを踏襲したようで、甲乙付けがたい。なかなかの貫禄であった。次席家老のクーデターの直後、城代家老屋敷に忍び込んだ10人は、馬小屋で脱出しようとする腰元に会う。この腰元を、家老夫人と娘の救出のために言い含めて元に戻すのだが、困難な大役を決心する風情が雰囲気を高める。新作の握り拳を作ってみせるゼスチャーは、当時社会の女のたしなみから云って異質である。作るのは自然で良いが、男の前にそれをだして見せるような仕草は不作法だ。同じ上級武士社会らしからぬ不作法に、椿屋敷で三十郎を接待する腰元の仕草がある。何か廓での接待と間違えているような演出で、気にくわなかった。
2時間ほどを飽きさせずにテンポよく進行する。旧作のこの長所はそのまま新作に引き継がれた。外国作品並みだと当時も云われた。旧作が出た頃の日本映画はテンポがもっと緩やかな作品が多く、生活スピードが上がった現在、見直すとそれが欠点に思える。脚本を書いた黒沢の偉大さを、そんな点からも思い返させられた日であった。

('07/12/08)