ファーブル昆虫記

NHK BShi「ハイビジョン特集 ファーブル昆虫記「南仏・愛(いと)しき小宇宙」」の第3集を見た。ファーブル昆虫記は私を理系の学問に誘ったバイブルである。岩波文庫版は20分冊から成り、その半分以上を読んだと思う。中学生にはかなり難解な文章であった。今回南仏の舞台を案内する人は奥本大三郎氏と海野和男氏で、前者はフランス文学者、後者は昆虫写真家だ。前者の新しい訳本が出ているらしい。山崎俊一ら:「NHK「ファーブル昆虫記」の旅」、日本放送出版協会、'88に共著者として海野氏の名がある。奥書にその頃放映のNHK TV特集「安野光雄 ファーブル昆虫記の旅 <前編>幻のフンコロガシ <後編>南仏・狩人バチの謎」のキャスト紹介がある。奥本氏は翻訳・監修で出ている。ファーブルとは長い付き合いの人たちらしい。
第1集はスカラベ中心の映像だ。スカラベはコガネムシの類だ。中学生の頃はコガネムシ専門の虫屋が生物班にいて、金属光沢の羽を持った美しい昆虫の標本をたくさん見せてくれた。私は甲虫が専門でなかったから詳しくは知らないが、ブンブンと子供が総称しているヤツは殆どがこれではなかったか。フンコロガシだ。これならまだ響きが良いが、糞虫と言い換えるととたんに気分が悪くなる。「隠し砦の三悪人」という名画では、千秋実と藤原釜足が絶妙の百姓コンビを演じるが、喧嘩で相手を「糞虫」と罵る。スカラベは糞玉を巣に運び、それに卵を産み付ける。糞は成虫になるまでの食糧だ。糞にまみれた一生を送る虫である。かわいそうだが、罵り言葉にされても仕方がない。今の若い子は、まだ渇ききっていないどろどろ部分の残っている牛糞の中で、コガネムシがはい回る姿を直接観察したことはないだろうが、決して見ていて気分のいいものではない。その作業中の姿を、こともあろうに我が家の夕食時に放映した。1時間半の番組だったが、半時間も見なかったのはやむを得ない。
第2集はカリバチが中心だった。全10巻の内容の中で最も印象深い観察記である。解剖学に詳しかったファーブルは、ハチがバッタなりカマキリなりを、生ける屍つまり植物バッタ、植物カマキリにして、我が子の生育用食糧として与える行動を見事に解析してみせる。もう何十年も昔に読んだ記事を間違えずに思い出せるのは、それがよほどにも衝撃的な事実であったからだろう。だから映像は見なかった。
さて第3集はセミから始まる。第3集に関する文庫本の記憶は実は一切消えてしまっている。あるいは読まなかったのかも知れない。だから話は新鮮であった。まず鳴く仕組み。スピーカーと構造が似ている。V字型の筋肉があってその先端が振動板に繋がっている。筋肉が水波誠:「昆虫−驚異の微小脳」で見たような、短絡閉回路を巡る神経細胞の興奮の繰り返し信号を受けて収縮伸張を繰り返し、ボイスコイルの働きをする。振動板を破壊すれば鳴かないセミになる。そのトレース実験をやってみせる。
今読んでいる蔵本由紀:「非線形科学」にリズムと同期という章がある。生態系の例にホタルが出てくる。タイの川辺の樹木に雲霞のように留まったホタルが発光周期を同期して、クリスマスのイルミネーションのように、明暗を何時間も繰り返すという。大人になってからは蝉時雨を経験することはなくなったが、多数のセミが集まると鳴き声を同期させて、ときにはウワーン、ウワーンと大合唱を行うのではなかったか。同期は弦の共鳴現象のごとく個々の発生源の周波数が近づかないと現れない。ファーブルは鉄砲を発射して、セミが音を感じるかどうか試したという。同期は停まらなかった。周波数が全然合ってないからだ。非線形科学的に考えた。私は、似た周波数の音を時折位相差を付けて発射すれば、セミは合奏を中止するのではないかと思う。
「非線形科学」にはもう一ヶ所セミに関する記載があるので引用する。二次写像が個体群生態学では古くより知られていて、生物集団の個体数の時間変化を記述する最も基本的な非線形モデルとなっている。そしてセミのように世代間に重なりを持たない生物種には時間を不連続な量として扱う離散的モデルがむしろ現実的だとしている。アメリカには17年セミ13年セミがあって、互いに種を保存している話が、NHK「ダーウィンが来た!」に出ていた。たった2週間を、子孫を残せる成虫期間として生きるために、17年13年という途方もない時間を土中で暮らす。17と13は素数だから、17X13=221年間は交雑の危険がないと言うことが、この長い卵から成虫までの期間の説明だった。日本のセミは何年だか忘れたが、やっぱり素数年だったように思う。今ではセミの一生は非線形科学者が注目するほどに有名になった。ファーブルはそんなことは知らなかったが。
クモが振動に反応して相手を絡める証明に音叉を使う実験をする。クモは生きた虫しか襲わない。ただ死んだ虫に振動を与えて生きた振りをさせると襲ってくる。死んでいると判ると巣から切り落としてしまう。カマキリのような強敵に対しては用心深い行動を取る。カマキリの鎌を1本づつ糸で抑えて行く。サソリの行動も面白かった。サソリは、その生態環境に普通見られる相手・毒グモには果敢に攻撃を仕掛けるが、見慣れぬ相手バッタとムカデに対しては引っ込み思案である。バッタに頭を抑えられてもじっと堪えているし、ムカデには恐怖を感じたのかガラスの壁をよじ登って逃げようと焦る。相手のバッタやムカデも同じ態度だから面白い。サソリの庭で雄と雌の求愛ダンスが始まる。ファーブルは交尾の後に雄が雌の食餌になると記しているが、再現実験では踊っているときに雄が雌を刺し殺し、死骸といつまでも求愛ダンスを続けるというハプニング?が起こる。
クモもサソリも昆虫ではない。でも昆虫記には確か猫の習性に関する記事があった。昆虫記の原題はSouvenirs Entomologiques(Etudes usr l'Instinct et les Moeurs des Insectes)で直訳すれば「昆虫学の思い出(昆虫の本能と習性の研究)」となる。「思い出」だからおまけの記事もたっぷり入れてあるのだろう。教師の職を失ったファーブルが、虫を対象にした文筆活動で一家を支えようとした。本はあまり売れなかったという。売れる工夫の一環として書く対象を広げたと思えぬでもない。この時代ではまだ自然科学の論文形式もかなり自由であったろう。文学的な表現が随所で使いこなされていて、一般の大人の読者にアピールしているように思える。それが少年時代の私には難解と映ったのかも知れない。
ファーブルは南仏のあちこちを渡り住んだ。NHKは今フランス期間で集中的にフランスを紹介し続けている。この番組も多分その一環として放映されたのであろう。第3集ではファーブルとの縁の深い場所として、アビニョン、コルシカ島、オランジュと終の棲家アルマスがそこでの活動ぶりと共に紹介される。アルマスとは荒れ地の意味で、オランジュからそう遠くない位置だそうだ。南フランスの都市は古代ローマ帝国時代の歴史を物語る遺跡に富む。石造の建物は人々にその気があれば保存が利くのだ。ローマ時代と言わず、コルシカ島で勤めた高校の建物までが、今もそっくり残っている。私の学校時代の木造校舎など跡形もないのと好対照だ。私はハイビジョンのように美しいと形容するが、カメラワークの助けもあってか、街並みも自然も羨むばかりに輝いて見えた。

('07/11/01)