新聞社

河内孝:「新聞社〜破綻したビジネスモデル〜」、新潮新書、'07を読む。よく売れているらしくすでに第7刷だ。著者は毎日新聞の生え抜きで、常務取締役(営業・総合メディア担当)まで上り詰めた人。毎日は3大新聞の一つであったが、経営破綻を引き起こし、読売、朝日に大きく水をあけられた。新聞の消長はその紙面内容に深く関わっているが、あまりその面だけを強調すると事業の実態が見えなくなる。半身の構えで眺めていると、ペンの自由を振りかざす正義の味方「新聞社」から漏れてくる内情には、よそと変わらぬ何か胡散臭い人間社会の、業を秘めた建前と実質の際立つ乖離もあると感じられる。本書は内部告発の書ではない。清濁併せ呑んだ元トップの前向き発言として読んでみたいと思った。
関東の新聞・読売が全国紙を目指して大阪読売新聞を創業したのは、私が京都の高校生であった頃だ。販売員が威勢のいい啖呵を切りながら各戸を回ってきたので覚えている。今では関西でも発行部数は第1位だそうだ。なりふり構わぬ読売の拡張旋風が描写されている。千葉では今や読売87万、毎日20万だそうだ。ワシントンポストの宅配新聞は月800円だが、我々の新聞は月4千円弱と世界一高い。読売、朝日が世界に例を見ない販売部数を誇ることは周知の事実だ。再販制度とはメーカーが価格を決定できる、つまり販売店には価格決定の自由がないということで、少なくとも上位新聞社が膨大な利潤を挙げる原動力になり、自社新聞だけの専売配達網、戸別配達を維持できた。おそらく強者がますます伸張する理由でもあった。わが国は発行部数に比べて、新聞紙数は異常に少ないのである。この新聞界にも衰退の気配が漂っている。TV、インターネットの情報伝達手段としての役割が新聞を凌駕し始めて久しい。筆者は広告料の上がりからそれをひしひしと感じている。
私は同じ新聞を何十年この方取り続けている。そういう新聞社にとって有り難い長期購読者は5割強で、日本の新聞社は恵まれた存在らしい。本書はゼニ勘定だけから云えば長期読者は阿呆だという。契約期が来る度に新聞を他紙に代えると脅す連中が1割強いて、販促員のサービスを促す。新聞社は売り上げ1000億円に対し、400億円もの販売促進費用を掛けている。その異常さには全く瞠目した。知人に短期組がいて、彼は戦果を誇る。毎回1ヶ月は購読料無料、契約謝礼として、それ用に新聞社が準備したカタログから然るべき品を貰う。ちゃちな景品ではない。立派な恒久的使用可能の品だ。実は新聞社はそれを見越して、なんと2-3割の無料新聞を販売店に送り込んでいる。少なくとも1割が店に残って真っ新なのに建前上古紙のおはらいとなる。部数至上主義の過熱販売合戦はそれなりの理由がある。何をやってもいつかは数を延ばした方が、社も店も、利益になる仕組みが出来上がっているからだ。「何をやっても」には拡販員の暴力団まがいの行動言動が指摘されている。私が京都で見た威勢のいい読売の売り込み屋も、本当を云うとそれに近かったのである。
わが国のマスコミに関する深刻な問題はマスメディアの大新聞による寡占である。軍が跋扈して無謀な戦争に突入したあげく、完璧に打ちのめされた深因の一つに、軍による情報の統制操作があった。真に「百花斉放・百家争鳴」たるべし。「真に」を付け加えたのはもちろん中国の現状を意識してである。あそこも表向きには「百花斉放・百家争鳴」を唱えている。その反省からマスメディア集中排除原則が戦後確立されたかに見えた。それが大新聞側からこともなげに打ち破られ、メディア独占体制に突っ走ることになった経緯が詳しく述べられている。戦犯はまずは読売、ついで朝日。政治家では田中角栄とその後継者たち。行政では業界コントロールのアメに使った郵政省−総務省。
福岡放送、広島テレビ、讀賣テレビ、中京テレビ、日本テレビ、宮城テレビ、札幌テレビと言えば読売の資本系列。九州朝日放送、広島ホームテレビ、朝日放送、名古屋テレビ、テレビ朝日、東日本放送、北海道テレビと言えば朝日の資本系列。あとは毎日、産経、日経と見事に棲み分けた。独立系は皆無なのだ。東京のキー局から流される番組を地方では得々と放送するだけ、というのは言い過ぎで局独自の番組も少々はあるが絶大の視聴率を誇るものは皆無だろう。系列以外は完璧に排除されている。まさに5つのネットワーク以外に日本には意見がない状態になってしまった。「五花斉放・五家争鳴」なのだ。だが5社の寡占状態になると、互いの利益のためもあるのだろう、相互の切磋琢磨は掛け声で、業界保持に関する問題には、互いに庇いあいこそすれ争鳴など滅多にない。弱小の雑誌社が一匹狼的に噛みつく程度で収まってしまう。
公正取引委員会の広告業に関する調査の無視姿勢がまさにその典型であった。いつもなら公取の調査は、トップニュースになるのにである。我が身大事は判るけれど、まさに商業新聞の面目が躍如としている、「赤旗」がかって噛みついたように。本書には「テレビ、新聞、広告代理店。みんなで作る護送船団」と書いてある。「番組製作と放送が分離され、今の何百の下請けプロダクションが独立のチャンネル会社になる。」こんな悪夢には護送船団は猛烈一斉反対する。下請けプロダクションの実態を調べた公取調査も全マスコミが黙殺したという。時給比較がある。フジテレビが7600円弱、番組プロダクションが2千円弱。製造会社の正社員と派遣社員の格差どころでない。後者の格差については正義の味方としてマスコミは華々しい論陣を張るが、我が身の問題には完全ほおかむり体制だという。
読売対朝日の社説対決に関して読売新聞側からシリース本が出版され、全部を読んだ訳ではないがそれなりに面白かった。ちょっと気になっていたのは、読売から見れば対立相手は朝日で、あとは雑魚という感覚が透けて見えることだった。本書は経営面から読売に批判の矢を放ったという意味で意義深い。読売の反論やいかに。読売の内心は、「勝てば官軍」なんだ、お前ら(毎日その他の雑魚)の話は「負け犬の遠吠え」か「引かれ者の小唄」だということであろう。「洟(はな)も引っ掛けない」かどうか面白いところだ。
読売、朝日からは歯牙にもかけられない存在に落ち込んだ毎日に明日はあるか。著者は新聞界の3極化を目指そうという。ブランド存続を条件に、産経と中日(=東京)と経営を合体し、合理化の実を上げる。順調になればその他の全国紙有力な地方紙も参加して来るであろう。NHKでも飛行機はチャーターなのに、毎日が5機も保有する無駄を突いている。一番の合理化は、販売店が多数の新聞を取り扱えるようになることからだろう。編集局上がりが社長を独占する弊害を述べている。銀行屋上がりで良いのだと。最近相撲界に不祥事が続いた。モタモタする相撲協会の対応ぶりに、協会トップが元横綱でなければならない理由が判らないと感じたが、同じような問題を新聞界が抱えているらしい。捕らぬ狸の皮算用だが、合体で1000万部体制になり、読売、朝日だけに牛耳られない新聞業界が出現するだろう。文字離れ、新メディア出現で新聞は明らかに今退勢期に入っている。弱肉強食の原理が最も働く時期だ。3極化の提案は的を射てると思う。
私は日常情報に何を媒介として向き合っているか。NHK TVニュースは必見だ。最新の出来事は、身の周辺に起こったものでない限り、TVから知るのが一番だ。新聞を2紙購読している。どちらも全国紙で、地方紙を1紙加えたいと思っているが、長年実現しない。朝夕で1紙40~60ページになる。だが、見出しとTV番組を除けば、小活字を追うのはまあ半ページ程度で、すぐ古紙回収袋行きになり、小学校とかボーイスカートの資金源になる。酷い資源の無駄使いだ。読むのは解説記事。不定期にインターネットを利用する。能動的に自分のために情報を収集するときには、グーグルなどの総合検索マシンから各専門別のマシンまで、必要に応じて使い分けて重宝している。
インターネットは情報伝達方式を基本から変革してしまった。仲介業者のフィルターを経由せずに直接情報元にアプローチできるから、判断力さえあれば、より正確に実像を把握できるようになった。発信できるようにもなった。受け身一方であった個人が、ネットワーク経由で情報戦線に参加出来るようになった。従来にない手強い相手なのだ。新聞は是までに蓄積した膨大な情報と、解析能力専門能力を駆使して読者の判断力を高める本来の使命−私の半ページ−に立ち返るべきである。それこそが存在理由だ。

('07/10/16)