線路にバスを走らせろ
- 畑川剛毅:「線路にバスを走らせろ〜「北の車両屋」奮闘記〜」、朝日新書、'07を読む。この夏、クルーズで網走に立ち寄った。デュアル・モード・ビークル(DMV)に試乗するフリープランに参加を申し込んでいたが、選に漏れてしまった。DMVとは鉄路と一般道路の双方を走れるバスのことである。この春にJR北海道で実用化されたという新聞記事が出、興味津々であったので残念だった。両用とはいかにも便利で経済的に聞こえるが、たいていは虻蜂取らずで工学的には成功しないのが普通だ。だが、生物でも同じ属に分類される種どうしになると交配できる場合がある。それと同じで、例えば軍用と言ったよほどの特殊事情か貨客と言った類似目的があると合いの子が可能になるだろう。
- 特殊事情の最たるものはJR北海道の経理状態である。島のJRは皆悪いが、とりわけJR北海道は飛び抜けて悪い。一般的に、鉄道会社で採算点を上回るには、2000人/日/km以上の利用者が必要だそうだ。その意味でJR北海道の路線の6割は使命を終えていたという。輸送人キロという指標で云うと、JR北海道は京阪電鉄と同規模だが、路線の長さは28倍という。高倉健主演の映画「ぽっぽや」のような、容赦のない廃線を行ってもまだまだ利子補給に頼らざるを得ない体質らしい。ぽっぽやのロケ地・幾寅駅も、風の強い日ならオーツク海のしぶきを浴びそうな位置にある北浜駅も、とっくに廃線になったがその名が良いので観光施設になった幸福駅など何れも無人駅であった。確かに苦悩を実感する場所に事欠かない。
- 鉄路と道路の合いの子乗り物の歴史は長いという。短期間ながら各国で実用化されている。バスにしては重くなることと、鉄路モードと道路モードの切り替えに時間が掛かり、乗り換えなしのメリットを帳消しにしてしまう、またそのための人手経費が馬鹿にならないなどの理由で、定着しなかった。ドイツの鉄道会社は完璧な発想で実用化しながら、雨と雪特に雪に敗れた。タイヤは雪の日雨の日には摩擦係数が下がるために鉄路では滑りやすく、やむなく雪の日はチェーンを巻いて道路だけを走ったという。
- DMVの技術のハイライトはゴムである。鉄路道路共用の動力輪にリアドライブバスの内側タイヤを使用するのは重量削減にもいいが、冬の雪の対策があるか。なければ40年前のドイツと同じく敗退の運命であることは明らかだ。そこにスタッドレスタイヤが登場する。スタッドレスタイヤ開発は二律背反の要求を見事に乗り越えた大変なブレークスルーだった。弾性はそのままで、接地面でだけそれも低温において粘性を高めろと云う要求だ。ゴムは粘弾性体で、普通は一方がよくなると反対に他方が悪くなる。摩擦力は路面で起こる仕事を熱に変えることで発生する。それが粘性だ。レーシングカータイヤも類似の要求をする。この一見不可能な要求をゴム会社タイヤ会社添加剤会社の研究陣が見事にこなした。30年ほど昔の話である。ゴムの他では終始この技術開発に協力した除雪機の会社の油圧技術が目玉になった。その他にも数々の開発苦心談が載っている。でもたいていはアイディアだなと思えても新技術とは云えない。DMVは高レベルの民間技術あってこその成功であったと思える。ベース車からして日産のマイクロバスである。本書には大所高所に立った技術論が欠けている。JR技術陣の苦心談に酔っている。文系ジャーナリストの限界だろう。
- JR北海道の技術開発の系譜が紹介されている。寒冷地帯に入る広大過疎地で航空機や自動車と競合する。北海道のめぼしい観光地には今や当たり前のように地方空港が存在するし、高速道も整備が進む。対策はまずリゾート列車を営業の目玉にするところから始まった。新幹線の走らぬ地域で生き残るには在来線の高速化が必要だ。狭軌の最高速度は今までは120kmがMaxだった。それを130kmに上げる。知らなかったが、北海道には軟弱路盤が多くて、比較的ましな地盤を探り探り線路にしたから急カーブが多いのだという。対策の決めては振り子式車体であった。遠心力による自然振り子から、記憶させた路線データに対して、列車速度に最適の傾斜を与える強制振り子方式に進み、更に空気バネで車体を傾ける方式も併用するように進化した。普通は台車に固定されている車軸2本をカーブではレールと直角方向に曲げる工夫も実用化した。
- 私は自動車運転歴が長い。一番最初に乗った車は、自動車部に払い下げられた大学総長のおそらく戦前の輸入車であった。車の図体は大きいが全手動で、セルモータもなく、起動ハンドルの手回しと運転手のアクセル操作でエンジンをスタートさせた。うまくかかってもチョーク操作でエンストを防がねばならなかった。今の車・カローラは使い初めてからもう10年になるが、スイッチをひねる以外の操作は起動と回転維持に必要ない。列車の技術開発にも出てくるが、ABS装備は10年前には自動車会社の唄い文句であった。細かにブレーキのタイミングを調節して路面との摩擦を最大に保つ。水膜路面で急停車してみせるTVコマーシャルは今でも覚えている。現在の車はもっと進化しているのだろう。IT産業の輸送業界に与えた影響は計り知れぬほど大きいのだろう。省エネ技術として画期的な交流回生システムの話がある。昔々、京都市電(だったと思う)に取り付けられたことがあった。直流だからやれたらしい。交流だと高調波処理が大がかりになってペイしないと云う。それが日立の軽量半導体素子コンバータ開発で各列車毎にやれるようになり、多大の効果を上げた。トヨタのハイブリッド車のカタログにも回生システムの話が載っている。
- 「二兎を追うものは一兎を得ず」と言う諺が身にしみだしたのは、安全基準クリア対策からであった。試験車両は商用車がベースだから自動車としては基準を満たしているが、鉄道車両としては不備だ。鉄道車両に対しては、過去の大災害を教訓に、非常に厳しい規格が適用される。試験営業は、釧網線の浜小清水〜藻琴とそれと平行に走る国道244号線で、濤沸湖めぐりを組み込んでいる。乗員数は開発スタート時のマイクロバス定員が29名であったのに対し、諸対策の荷重増で16名となった。この16名には鉄道運転手、自動車運転手(鉄路の際の保安要員を兼ねる)、添乗員席、補助席を含むため乗客数はわずか12名である。我々の乗車希望が叶わなかったのも無理ない。
- 鉄道駅での乗り降りにはまだ許可が下りず、バリアフリー化に必要なドア幅も取れていない。通過して貰うだけのわずか10kmの鉄路には追加投資約1億円を必要とした。国交省はこのプロジェクトに最初から乗り気で、研究開発費に多大の支援を行っている。本当は予算の使い道がなかったから、外見の良いこのテーマに見境無く取り組んだのではないかとも思う。本書にはDMVの将来に強気の発言ばかりが取り上げられているが、私は、初めからボタンの掛け違いがあった技術屋のお遊びだったと思う。ペイする見通しの薄い開発に対し自動車会社に協力させよとか、専用線路を敷設せよとかおおよそ実行不能に近い提案しかないのであれば潔く放棄すべきだ。
- 9/1から函館〜青森間に1万トン36ノットの双胴型高速フェリーが就航する。普通のフェリーは20ノットぐらいのものだから倍速に近い。新しい乗り物がまた一つの観光の目玉になるであろう。北海道のためにも良いことだ。青函連絡船の伝統があったのだから、むしろJR北海道はフェリーに力を入れた方が良かったのではないか。北海道行きのフェリーはどの会社も健闘しているようだ。
('07/08/28)