ウラジオストク
- 7/25からロシア時間に入る。1時間進める。ウラジオストクに着くと更に1時間進めることになる。2時間の時差の内1時間分はロシアがサマータイムを敷いているからだ。経度は長崎程度の筈だ。その日は終日航海で、ドレスコードがインフォーマルの日。
- 寄港地紹介でウラジオの様子を聞く。町を走る車は99%が日本の中古車だが、右側通行の当地ではでハンドルが反対側になってしまう。歩行者に優しい日本とは異なり、横断歩道で信号に従っていても危ない。実際にはその信号もほとんど無い。ウラジオで実地を見ていたら、横断者は何人かが固まってそろりそろりと用心深く歩き渡っていた。バスも日本や韓国の中古で車道側に扉が開く車があるという。着岸岸壁に店が出るし、ウラジオ駅も間近にあるので、買い物には便利な位置。岸壁では円が通用するだろう。夫婦で3000円も現地通貨ルーブルと交換しておけばよい。スリ、ひったくりはあるが、ピストル強盗的な凶悪犯罪は昼の旅行者には心配ないようだ。便所は汚くて水洗でもちり紙は便器に捨てられない構造だそうだ。明日のウラジオは31℃とたいそう暑いようだ。ちなみに今朝の宗谷岬沖では水温気温とも19℃程度と過ごしやすかった。
- さて7/26朝に到着。気象情況が毎日変化するようで、朝の船内放送では最高温度25℃程度と発表された。我々のオプショナルツアーは健脚向きと称する半日観光である。結局出かけるときは半袖の襟付きシャツだったが、下着と両方で汗をかくほどであった。昼食後13:15に集合。ツアーに出る。船の下船口にでっかい女性の入国管理局員。前日脅されていたので、家内のパスポートも私のポケットにしまい込む。バスのガイドをする中年男性は日本語がけっこう出来る。助手に極東大学極東学部日本語科2年の女子学生がついた。彼女は、家内が雑談で聞き出したところによると、父が貿易商でそれを引き継ぐ意志があり、日本に1年間留学したという。私は直接には話していないが、家内は相当に達者な日本語だったと言った。
- 金角湾とはイスタンブールの水路に似ているから付いた名だという。ウラジオの人口は公式には65万だが、実数は85万とも100万とも言う。沿海州が200万、極東地域に600万だから、人口集中ぶりが分かる。町を開いたころには虎が多く住み、虎の丘という地名が残っている。シベリア虎は今シベリア全域で600頭ほどらしい。二次大戦沿海州関係戦死者の名を刻んだ碑の後方に教会が建っている。教会の再建はあちこちで見られる。C-56潜水艦博物館入場。第二次大戦で北極海を守った800トンクラスの実際の潜水艦で、対ドイツ戦にかくかくたる武勲を挙げたが、自身は損害を出さなかった名誉をたたえるものらしい。今の原子力潜水艦は25000トンぐらい。前半が写真などの展示室であと半分に実物がある。と言ってもエンジンとかはなく操舵室、無線室、休憩室、寝台室、艦首の魚雷室ぐらいであった。魚雷室には水兵がいて、並んで写真を撮るとお金がかかる。
- 中央広場で革命戦士の像を見る。記念像はあちこちに建っている。あれこれ見たが、要塞博物館が一番印象深かった。日ロ戦役での山砲はご愛敬にしても、ミサイルやロケット砲など現役で使われている大砲は初めて間近に目にする近代兵器であった。機雷と爆雷投擲筒もあった。要塞から眺めるアムール湾にロシア艦隊が6-7艘縦隊を組んで静止している。最後尾が原子力潜水艦らしい。海軍記念日が近いそうだ。潜水艦博物館の近く、我らの乗船・飛鳥の目と鼻の先にも艦種はさっぱり分からないが軍艦が何艘も並んでいた。水兵も町中で見かける。やっぱり軍事基地だという印象は強かった。
- 町には自動車があふれている。ウラジオでは人口に対する自動車の比率がロシア第一で、1000人に対し300台以上だと言った。バスも乗用車もトラックももとの広告とか所有主のペンキ文字を付けたままで走らせている。藤沢市のごみ収集車がその文字をつけたまま走っていた。問題のトイレは極東大学極東学部のを使った。男子用は別段問題はなかった。構内に与謝野晶子詩碑があった。「晶子や物に狂ふらん」は映画「華の乱」で知った一節であるが、パリに去った夫を追いかけて、晶子がシベリア鉄道に乗ったときの作だとは知らなかった。大学は極東大学のほかに、極東技術大学などあり、合計7校だそうだ。極東大学が2.5万の学生、ほかの大学を入れて計7万。人口の比率から言って学生の街でもある。かって多分共産化以前だろう日本人が盛期3000人ほど住み、商業活動をやっていた。その名残の建物がいくつか紹介された。成功した日本商人が寄付したという広い公園が印象的であった。
- 我々より先に到着していたふじ丸は何の都合か出航が遅れていた。出航風景を1時間ほど見物した。ロシア人の見物客が客船ターミナルにたくさん並んでいる。ふじ丸の乗客も手を振っていた。金角湾は深くて冬季でも氷結しない。極東艦隊の基地になった理由でもある。幅は広い場所でも1km程度だが、奥深く両岸にぎっしりとクレーンが立ち並ぶ。
('07/08/03)