基隆半日観光
- 台湾の基隆港に11/30入港した。気温は22-24度と思ったより低く、ほとんどが長袖でかつもう一枚上に羽織っていた。2階建ての観光バスに乗り、普通道路を約40分走って九?に到着。九?とは、昔この山上の部落の戸数が9戸で、村里に降りて買い物をするときはいつも9軒分を買ったので、村人が名付けた名だそうだ。金の産地としてにぎわった時代には4万を数えた人口も、今は4千の観光の町になっている。観光地化したきっかけは映画・非情城市のロケ地になったことである。長い石段が有名。
- ガイドの王さんは日本留学が3年ほどで、日本語はまずまずだ。両親が日本語を話すという。彼は本省人である。台湾の2%が先住民族で日本統治時代には高砂族(12種族、みな別々の言語と風習を持つ)と呼ばれた人々、福建省から2-3百年前に移住してきた台湾人(本省人)が85%、残りの13%が蒋介石と共に内戦時代に逃げてきた外省人たちだと言う。九ふんは基隆の東にある。平行して複線の電化鉄道を見る。列車は見なかった。道路は右側通行で、カーブでは大型バスは通りにくい。2300万人の人口で1300万台のバイクがあるという。自転車はほとんど見ず、バイク天国だ。運転は大胆だから歩行者は安全確認して渡らないとぶつかりそうだ。あらゆるところに車が駐車していて、道路状況は日本の大都市以上に悪そうだ。
- バスを降り狭い登り勾配の石畳道を行く。両側に主に食べ物屋の店がぎっしり詰まっている。間口は日本の観光地よりずっと幅狭い。店頭で展示がてら料理する臭いがいろいろミックスして道路に流れている。週日の午前だというのにもう観光客でごったかえしえいいる。看板や説明文は漢字のおかげで、それも本土の簡体字ではなく我々にも分かる繁体字(正体字)だから、何とか意味が取れる場合が多い。その混みあった石畳道を商用のバイクや軽トラが通る。あぶなかしいこと夥しい。黒ピーナットを150元出して家内が買った。帰りのバスに乗るとき待合所の売店を見たら100元で売っていた。観光地とはそんなものだと家内を慰める。さて、一旦展望台に出、有名な眺望を楽しむ。少し石段を下った場所の茶店(九戸茶語)で中国式茶芸を見る。お茶の点て方を4種の茶の葉を使って実演する。茶菓子も4種ほど添えられていた。店の人たちには日本語が上手だった。茶店前の小さい平地を王さんはいい写真となる撮影場所だと示唆した。計画通り12時半頃飛鳥に帰着。
- 昼食後ちょっと基隆の町中を見物。客船から中華民国への出入りは全く自由で、パスポートなしであった。ロシアと違う。バス車中で3000円を3.7のレートで元に換え、810元の大半を先述の茶店で土産のお茶に使ったが、まだ130元を残していた。町はあらゆるところにバイクの駐車があり、歩行不便だ。フラットな場所でも歩道には段差があるところが目立つ。身障者にはつらいことだ。店と店で基礎のレベルが違うまま歩道に張り出しているのだ。屋台を牽いたおじさんにも出会ったし、街角に屋台はいくつも出ていた。たいていは食い物店で、たこ焼き以外は何でもあるようだ。家内にそう言ったらたこ焼きもあったと言った。ただたこを漢字の鮹としてあったという。港の近くに大きな郵便局があった。郵便配達用のオートバイのミニチュアを売っていた。元を使い切ってせいせいして戻ってくると、港の中に出店が出ており、からすみを見つけた。台湾がからすみの名産地だとは船中で知った知識である。1片4千円。これは円払いですんだ。
- 入浴後、基隆市立国楽団コンサートを聴く。国楽は中国古来の楽器をオーケストラ風にくんだ楽団で、西の洋楽に比肩できる迫力がある。前回訪問の時もこの楽団の音楽を聴いた。
('06/12/10)