風流江戸雀

杉浦日向子:「風流江戸雀」、新潮文庫、'91を読む。著者は昨年46才で亡くなった。追悼出版の内の一冊である。漫画本を自分のために買ったのは何十年ぶりであろうか。彼女を知ったのは、彼女がNHKの芝居「お江戸でござる」の評者となって、常連出演するようになってからだ。その後たまたまクル−ズで同船した。小柄ではにかみ屋のようだった。その船にはなぜか彼女の漫画が図書室にたくさん置いてあった。江戸時代の江戸を愛し、その頃の生活に打ち込んだ人と云える。
世界遺産ブームで、各地の貴重な文化遺産の映像がTVを通してお茶の間に運ばれてくる。私は遺産の相続という意味で日本は幸運であったとつくづく思う。流石に万葉仮名までは読めないが仮名交じり文に書き改められれば、万葉集の言葉が、半分ほどだが、そのままで理解できる。昨年の春一周クルーズで伏木の万葉記念館を訪れた。館長さんはだいたい話し言葉で詠まれていると云った。だったらタイムスリップして古代に移り住んでも何とか生きて行ける。江戸時代ぐらいならお茶の子だ。事実日向子さんの江戸弁は分かるのである。それに比べてスペインなど悲惨だ。イスラム支配の数百年はキリスト教徒のスペイン奪回により闇に消えた。焚書(資料を消し去る)坑儒(改宗させる)で分からなくなったのだ。話し言葉としての連続性もかなり途切れているのではないか。似た過去はどの国にも転がっている。
古川柳の情景を漫画で表現したのが本書である。私は高校国語以来詩歌には殆ど無縁であった。20年ほど昔に俵万智の「サラダ日記」が評判になった。万智さんは心の動きを口語体でサラリと言ってのけた。庶民には口語体でなくてはねと云う印象が強く残った。あとがきを見ると、本書が「サラダ日記」と時期を同じくしていることがわかる。時代が口語体を強く意識していたのであろうか。川柳が人口に膾炙した理由が軽妙な諧謔味にあるのだろうから、当時としても口語体とは切っても切れない関係にあるのだろう。たまには文語体のものもある。でも現代人でも分かる易しい文語だ。ましてや日向子さんの漫画と合わせば完全に口語体である。漫画の人物が発する言葉は場合によっては「べらんめ」口調だ。主に江戸下町の職人たちが使った威勢のいい荒っぽい言葉である。関東に来て何十年にもなるが、私は直接に「べらんめ」を聞いたことがない。こんな風に使うのかと面白い。主にはじめの方を省略する短縮語のようだ。情報社会化して語彙が溢れかえっている今日では、頭文字から取った記号短縮語が主流なのと好対照である。
直の生々しい風俗描写は避け、あくまでも余韻でフフーンと思わせる川柳とはおつなものである。正月の姫始めに「二日の夜 浪のり船に 楫(かじ)の音」とある。夫婦が睦み合う枕音を指している。卯月の花見の雨に「花の雨 ねりまのあとに 干大根」。裾まくりで引き上げる女たちを眺めている。干大根はばあさんだ。皐月「目も耳も ただだが口は 高くつき」で、見栄っ張りの江戸っ子が初鰹の1両を工面する羽目になった漫画が面白い。長月「やかたから 人と思わぬ 橋のうへ」。隅田川の花火見物で、屋形船のお大尽の格差意識を皮肉ったもの。
吉原絡みの川柳はだんだん理解から遠離って行く。神無月「紅葉見と 聞て内儀は 子をさずけ」、「紅葉見に 例年行が いまだ見ず」。「腹さんざ 戸をたたかせて 女房起き」「女房の 留守も中々 おつなもの」「朝帰り 首尾の良いのも へんなもの」「朝帰り 命に別儀 ないばかり」「細見を みてこいつだと 女房いい」。細見とは詳細の書き付けで、この場合は新吉原細見になっていた。「なつかしく ゆかしく そして金と書」というのもあった。花魁の届け文である。河豚に寄せた川柳は秀逸だ。師走「おそろしき ものの喰たき 雪の空」、「死なぬかと 雪の夕べに 下げて来る」。時代劇では河豚にあたるシーンはお馴染みのものである。「たらたらと おさらばいはぬ 女客」。世の中忙しくなって我が家も客数がずっと減った。今から考えると、おさらばいはぬ客がコミュニケーション媒体になっていたから、自動制御に云うフィードバックが社会に効いて、幼児虐待いじめなどを未然に防いでいたのだろう。
「おちゃっぴい へそから出たと 思って居」。男女の性に関する知識は不平等であった。男には悪所通いが半ばおおっぴらだったが、女には箱入りで無知なまま嫁入りする場合も多いようだった。ほんとうはかまととだったかもしれないが。男女の交際に関しても世間の目が五月蠅かったから、そこら辺の機微に関する川柳に事欠かぬようだ。独り者、藪医者、ぼろ長屋の住人、盗人など主流でない庶民の喜怒哀楽を、いたずらっぽく表現した川柳が並べられている。川柳の選別にも、日向子さんの人柄が偲ばれる。飼い猫が足下でじゃれついている描写が何カ所かに見られる。私は猫を飼ったことがないから経験がないが、たまたま散歩の途中に垣間見た主持ちの猫がそっくりな動作を繰り返していた。日向子さんも猫好きだったのだろう。

('06/11/12)