昆虫−驚異の微小脳U
- 水波誠:「昆虫−驚異の微小脳」、中公新書、'06を読む。このUは6-11章の書評である。無脊椎動物の頂点に立つ昆虫と脊椎動物の頂点に立つ人間とは、早い時期に分化しているのであるから、40億年も別々の進化の道を歩いてきた。それにも関わらず発生学的には共通点が見出せるのは驚異であった。だが、形態や行動の見かけ上の相違は相当なものだ。5章までで、視覚の相違から彼らだけの三次元行動である飛翔に関する脳の働きまでを見てきた。Uは嗅覚から始まる。私らは五感と場合によっては第六感を持っている。だが彼らにこの常識を当てはめて良いのだろうか。微小脳は必要最小限にしか取り込めない。痛いなどと云う感覚は贅沢だろう。感情なんかはいる余地はない。そんな想像をしながら読み始めた。
- 我々には性フェロモンは御用済みだ。完全に退化した機能かどうかは微妙だ。男臭いという表現が残っている。女の匂いは、たいてい香水などの化粧品の人工的性徴強調剤のなす技だ。人工的性フェロモンである。お猿の群のボスがハレムのメスの尻を嗅いでいるシーンを見た人も多かろう。メスが発情期に入ったかどうかチェックしているのだ。性フェロモンと言えるかどうかは知らないが、哺乳類には発情を香りで伝達する例はたくさんある。昆虫はもともとチビだから、匂いによる伝達は、特に夜行性の蛾などにとって、種保存の最良必須の手段である。本書に出てくるカイコガは1種類の化学物質を使っている。以前に読んだ(古い本で恐縮)日本化学会編:「一億人の化学3〜新ファーブル昆虫記〜」、大日本図書、'91には必ずしも1種類ではないとしてあった。だがめたらやたらに多くの化学物質を混合して誘因物質としているのではない。触角の嗅感覚毛の中に、性フェロモンに特化した恐ろしく高感度の嗅センサーがある。糸球体、脳内回路を経てニューロンの刺激は胸部神経節の運動中枢に伝わる。風に乗った性フェロモンが単純に一直線に流れてきたなら問題はないが、遠くになるほど蛇行し分散する。彼らの運動中枢は匂いから外れるとまずはジグザグターン運動を起こさせ、さらに外れるとループ運動を命じる。
- 揮発性物質の種類はそれこそゴマンとあるだろう。花の香りは性ホルモンよりもずっと複雑な配合になっていよう。組み合わせを考えると匂いの種類は無限だ。彼らは、例えばミツバチは、揮発性物質を150種に分類し、対応する糸球体の刺激量から香りの種類を判断する。150元ベクトルとして香りが表現されていると記載されてある。ところが彼我80億年(2X40億年)の遺伝的乖離にも関わらず、哺乳類の一次嗅覚機構は昆虫さまとそう変わらない。進化的収斂という言葉が使われているが、この驚くべき類似性が本書のあちこちで顔を出す。
- 触角という言葉からは触覚を連想する。機械刺激に対する感覚子は確かに触角にある。だが感覚子の割合では嗅覚対応子が最も多く、ほかに温度、湿度、味覚に対応する感覚子も備えている。TVの自然紹介番組などで、ミツバチの働き蜂が翅を震わせて巣の空気の入れ換えをやっているシーンなどはもうお馴染みである。巣の中心は34.5±0.3℃という恐ろしく精密な温度制御を受けているそうだ。幼虫の成育に最も適当な温度という。一匹狼で暮らす昆虫も、変温動物であるため、最適温度の土地をいつも探し歩かねば生きて行けない。体表面が相対的に大きいから温度に弱いのである。水分補給も大型動物に比べればずっと緊急度が高いであろう。湿度とは相対湿度のことで、その高い方向に水がある。温度感覚も湿度感覚も人間さまの比ではないというからすっかり見直した。感覚子は人間の使う毛髪型湿度計と似た構造という。
- 捕まえられそうになったらパッと反射的に逃げる、これは感覚と運動の両中枢が直結した最も原始的な行動である。しかし場所を覚えてその位置に戻る帰巣行動は、もっと高級な脳活動の賜物である。昆虫の脳にはキノコ体という聞き慣れない部分が出張っていて、ニューロン回路としては最も迂遠で長い経路を造るが、全部とは言い切れなくても、そこが高級学習の大本山になるらしい。ゴキブリが歩みを止めて方向転換するときに、キノコ体のニューロンの活動が0.2-0.5秒も先に活発化する実験が紹介されている。なんだか遺伝学的には80億年から遠離ったはずの人間さまの脳味噌の重層構造とよく似ているのである。哺乳類の脳では、反射行動のための脳幹、本能行動のための脳領域、考える大脳新皮質の三重構造になっている。昆虫では胸部神経節、大脳、キノコ体と別位置になってはいるが、機能分担は大筋で一致しているのだ。昔「ミクロの決死圏」という映画を見た。ミクロ人間に変身した治療団が患者の脳に潜り込むと、蜘蛛の巣のように張り巡らされたニューロンがぱちぱちと発火する様子が見える。未だに記憶鮮明である。今度は昆虫の脳に潜り込んで貰いたいものだ。昆虫の脳には、解剖学的所見だけれども、人よりもずっと緻密にニューロンが詰め込まれていると云うではないか。
- 受験生には耳寄りな話が書いてある。昆虫(に限らず人間だってそうだが)には、短期、中期、長期の3段階の記憶がある。2列のシグナル伝達系にそれぞれの活性化剤を学習訓練開始前に投与すると、普通なら何回も繰り返さねば覚えられなかったのに、ただの1回で覚え込み、長期記憶として保存されたという。一夜漬けの勉強では、試験が終わったら記憶がたちまち霧散して、長くは保持できない経験を誰もが持っている。受験前にポンと1本の注射を受けると、その時点から読んだ「受験と対策」本の内容が全部頭に残るのなら、受験者は全員脳科学研究者に最敬礼を捧げるであろう。人間のシグナル伝達系は何回路あるか知らないが、インフルエンザの混合ワクチンのように、回路数だけの活性剤を混ぜて、1回注射で済むようにするなどと想像すると楽しい限りだ。近未来の話ではないのが残念だ。長期記憶は他と異なりタンパク質形成を伴う。ニューロンの閉回路で刺激という電流を回しているだけと言える短中期記憶では、早晩減衰して記憶が無くなってしまうので、蓄電池に記憶を蓄えるのである。(この比喩は私の創作で著者の話ではない。間違っておれば悪しからず了解下さい。)
- だが、受験者諸君!、これだけの知見を人間に奉仕した昆虫たちの地獄の苦しみもよく理解してほしい。知覚学習の実験は嗅覚と味覚の組み合わせが最も便利なようだ。パブロフは犬にベルを聞かせたそうだが、昆虫の聴覚はあんまり進歩していないらしい。まず彼らは長時間水を与えられず(喉が)渇ききった状態に置かれる。すると彼らは1滴の水が欲しさに、研究者の条件反射の罠に立ち向かうようになる。砂糖水で釣られるときもあるが、罰に濃厚食塩水を飲まされることもある。鴨川シーワールドでは海獣どもが見事な曲芸を見せるが、あれは魚が餌の条件反射である。躾のいい犬は「お座り」「お手」「お預け」など色々やれる。昆虫にだって、同じような訓練が可能である、と思うと人間側は楽しいが、さてやらされる方は随分と迷惑であろう。
- 五体満足で実験に参加する分にはたいした苦痛を伴わぬ。しかし、知覚中枢の位置を探るとか称して、外骨格を、つまり頭蓋骨を削り取られ、露出した脳味噌の中のここぞという位置に導線を突っ込まれ、バチバチと電気刺激を当てられる。時には神経系の切断実験と来る。昆虫はその中で生きたまま条件反射の仕草を繰り返さねばならぬ。顕微鏡下の手術である。震える指先で脳をいじられる我々(昆虫)の恐ろしさを想像せよ。手術の成功率はぐんと低い。殆どが無駄死なのだ。こんなに生々しくは書いてないが、容易に想像できるのである。研究者が書いた本は全く臨場感に溢れていて迫力がある。私が下手な権威者の本よりも、未熟でも第一線の研究者あるいは現場技術者の本を好む理由である。私も引退前はそれだったからかも知れない。なお昆虫の痛覚には触れられていない。
- TVで絵になる昆虫はもちろん巣を作る社会性のハチである。オオスズメバチは、刺されると死ぬ場合があるので剣呑だ。警報フェロモンがでると、一斉に飛び出してきて外敵から巣を守ろうとする。黒色に特に警戒的なのは天敵のクマが黒いからだとTVが解説していた。ニホンミツバチはトウヨウミツバチの北限種だそうだ。スズメバチは天敵で、この乗っ取り屋が巣に入り込むと、大勢で覆い被さって蜂球を作り、筋肉を大活動させて、熱球を作る。スズメバチは高温に弱く死んでしまう。これもTVからの知識だ。セイヨウミツバチは蜂球が高温にならずスズメバチにはお手上げだ。
- 養蜂家はそれでもセイヨウミツバチを飼う。ニホンミツバチは自主性が強く、巣箱が気に入らなくなるとさっさと引っ越してしまうし、密量も少ないらしい。ミツバチは人間、チンパンジーと並んで陳述記憶を使う唯三の生物である。陳述能とは事象を別物に置き換えて記述する能力だ。具体的証明は餌の在処を仲間に巣の中で教えるダンスだ。陳述記憶にも段階があるが、トウヨウミツバチはセイヨウミツバチと共に最も進化した形を取る。真っ暗な巣の中で太陽の方向を重力線と反対方向つまり天頂に置き換え、太陽光と餌の方向が作る角度を仲間に伝える。距離は翅をブンブン云わせる音の長短で知らせる。触角の中に音受容器があって、仲間が聞き取る。ミツバチは個体としては変温動物なのに、巣を一定にに保ってあたかも社会全体としては恒温動物であるかのようにしてくらす。外気が下がると、筋肉運動の発熱にストーブの代わりを勤めさせる。大量の密は冬の暖房用燃料でもある。TVが、燃料の尽きたハチ一家が全員凍死している姿を映していた。もともと熱帯生まれのミツバチは冬に弱いそうだ。
- TVで幼児に「初めてのお使い」をさせる番組が昔あった。人間は周辺の景色やランドマークを記憶しながら、いわば二次元的知見に基づいて家に戻る。アリにミツバチは長距離分はベクトル記憶だそうだ。しかも太陽コンパスの他に偏光コンパスを備えている。後者に関しては、人間は偏光を検知できないから、昆虫の独断場である。地球では太陽光は大空で散乱されている。人間には太陽の方向以外は基本的には目印は見えないが、昆虫には偏光がかかったドーム図形も見える。太陽が見えなくても、ドームの特徴は太陽と昆虫を結ぶ線を対称軸にしているから、帰巣の方向は分かる。複眼を造る個眼の検出部も受容細胞の構造も分かってきた。ニューロン回路も辿れている。流石にまだどんな仕組みでコンパスが働くかまでは分かっていない。
- ベクトル記憶ではそうとう長距離になると終点が曖昧だ。記憶の終点に巣がないとミツバチも蟻もぐるぐる円周を描いて動く。景色などの記憶にスイッチしている。働き蜂は羽化してから死ぬまで、江戸時代のお店奉公と同じように、はじめは巣のお掃除から始め、幼虫の世話女王の世話など、だんだん難しい内役をこなしてから外回りとなり、餌あさりに飛び出す。いきなり餌場を探すのではなくて、まず初期定位飛行をやる。巣の回りを旋回飛行して巣の位置を覚えるのである。その範囲であると、研究者に目隠しをして拉致されて放り出され、場所が分からなくなったら、未経験のルートと既知のルートを組み合わせた帰巣ルートを設定できるという。驚くべき知能だ。
- 我らの祖先が、昆虫の祖先と袂を分かったのは、40億年の昔であったと、私はかってに想像した。本書の最後に先カンブリア紀の初期だったと書いてある。それなら20-40億年ほど昔と云うことで、まああたらずとも遠からずであった。細かく細かく問いつめて最後は分子レベルにまで追い込むのは科学の常套である。しかし進化論のようにマクロに見た背景を描く努力も必要だ。むしろこちらの方が一般に理解されやすいし、理解しやすいから議論も華やかだ。20-40億年昔に別れ別れになって切磋琢磨した結果、それぞれの方向のトップランナーになった人と昆虫の、巨大脳と微小脳の必然性について触れてある。本書には本能という言葉が全く出てこない。しかし遺伝子に組み込まれた行動はより正確に記述されている。これに何らかの感覚あるいは知能反応が組合わさって生命を維持し続ける。どこまでを本能というのか、境界がますます曖昧になってきているのだ。
('06/10/30)