人材大国と創新型国家

書店で現代アジア関連に限って新刊書を眺めると、インドに関する解説書は殆ど見当たらないことに気付く。中国を扱った本は多い。インドは日本とは遠く離れていて政経上の関わりもそう密接ではないのと、同じ民主主義国家として、何か安心できる国という印象がそうさせるのであろう。NHKは時折近年インドの輝かしい発展ぶりを報じてきた。IT産業の独特の展開ぶりにもっと注目してよいのではないかと思っていた。NHKクローズアップ現代が「沸騰アジアを行く」という特集を発表した。インド(10/2)と中国(10/3)が取り上げられた。インタビュー番組であるが、国谷キャスターの対話相手が大物ばかりで、参考になる内容であった。以下に要点を記載する。表題は番組のタイトルから取った。人材大国がインド、創新型国家が中国を表す。
初日のインドの部では、インド カマル・ナート商工相とウィプロ社アジム・プレムジ会長が出演した。ウィプロ社は25億ドル/年の売り上げを誇るIT産業の代表的会社である。殆どが理数系エンジニアの6万人を雇用する。インドは人口11億人中の1/3が1$/日以下で生活する貧しい国である。しかし今やIT産業の勃興を核に2.5億が中間層と言える収入段階に達した。年2500万人が中間層入りを果たしている。中間層とは100万円/年ほどを云うようだ。原動力は年に40万人という理工系大卒である。アメリカが7.5万人、ドイツが3.5万人であるのに比べればその多さが分かる。GDPの延びは年8%に達している。インドは60%が25歳以下で、しかも高齢化が進む先進国とは対称的に毎年平均年齢が降下する傾向がある。
彼らが目指す産業展望は全く特異的だ。国際経済に依存しない内需主導型経済だ。得意のIT産業の内容を聞くとその意味が解ける。ソフト作成、システム構築、コールセンター代行、医療カルテ処理から航空便予約まで全く多岐に渉るが、日欧米韓中などが競争にしのぎを削る物作りが無い。頭脳を売って給料を国内の消費に回すという構図である。発注はアメリカからが7割を占める。イギリスの植民地時代が長かったから、英語が国語になった。多分カースト制の影響で、手を実際に汚す仕事なら嫌われようが(そんなことは云わなかったが)、ITエンジニアリングは全く手を汚さずに済むホワイトカラー労働である。だからインド型IT産業は他の追従を許さぬ特異な形態を持つ。エンジニアは医者に次ぐ人気職業だそうだ。毎年10%の賃上げをやっているが、それでももともとが安いからまだ10年は競争力があるという。インドのシリコーンバレーであるバンガロールには、IBMやDELLの研究所が安い頭脳を求めて進出している。
ブルーカラー主体の労働集約型産業では安い工賃の中国に市場を奪われ、今度又ホワイトカラー型業務をインドに持って行かれる。先進国特に英語圏国家は泣き面に蜂となる。そうはさせじと議会が待ったを掛けている。アメリカ40州では、公共体からの事務業務を、外国に発注することを禁じる法律を作った。
インドは高等教育を受けていない底辺にも雇用の口を広げねばならぬ。そのために製造業の育成を目論む。中国に比べると規模は小さいが、経済特区での税金面などの優遇策で内外の資本を導き、そこそこに食って行ける給与を出す産業を育成する。そのためにIT産業との組み合わせが考えられている。具体的にどんな姿か殆ど説明がなかったから、まだ熟していないのだろう。2030年にはインドは経済大国として先進国入りをすると大見得を切った。
私はこのHPの「膨張中国」の最後に、「お手本がある間はそれに効率的に近づくことができる。でもそれを越えることは並大抵でない。どれほどオリジナリティを民族が出せるかだ。例えば理系のノーベル賞が中国から続出するようになったら、中国は先進国として大手を振って歩けるであろう。」と書いた。中国商務相・薄熙来氏がインタビューで強調した創新型国家とは正にそのことであった。彼は'93の大連市長を振り出しに、一昨年商務相に抜擢された新鋭である。
現在中国は世界第4位のGDPを誇り、毎年2桁の成長率で世界の注目を浴びている。その原動力は安価な労賃を武器とする労働集約型産業の洪水的輸出である。世界各地でそれが経済摩擦を起こしている。国内的には過剰生産が目立つ。例えば鋼鉄では800社が乱立し、需要よりも生産能力が1億トンも上回る。中国政府は投資の行き過ぎを抑えるために金利引き上げを実施した。都市部の富裕層と農村の貧困層の格差が拡大している。本年からの5ヶ年計画では、成長と産業構造のバランスを標榜して、成長率(未だ2桁のままで推移しているが)を7.5%に抑制している。中国製品は中級以下の製品で輸出利益も低く世界ブランドではないと彼は云った。
アメリカモーターショーの画面に、初めて出品の中国車が映し出された。中国は、研究開発型というか知識集約型というか、先進国としては当然の高収益製品産業中心の構造になりたい。GDPに対する研究開発費割合は中国は1.3%で日本の3%と比較していた。1人あたりの労働生産力は日本の1/30だと言った。産業高度化に手っ取り早くM&A手法を使う。日本の太陽電池企業が買い取られた。最先端技術の獲得が目的と見られている。中国の太陽電池シェアは今世界第8番目にある。聯想のIBMパソコン事業買収は有名だ。海洋技術に優れたユノカル買収はアメリカ議会の反発を買った。商務相はM&Aに使っている金は前年の倍の11億ドルで、それでも欧米の1/100だと言った。過剰反応だと言いたげであった。
労働集約型産業の支援も続けねばならない。中国は農業国で、7.4億の農民がいる。東海岸の工業地帯に比較して中部西部の発展が遅れている。毎年2000万人の雇用事業が必要だという。労働事情を持ちこたえるためにも労働集約型事業が必要だという。
日中貿易は今年前半期33%のダウンを記録した。アメリカやEUとの貿易は延びている。たとえ政経が直接の関係にないとしても政冷経冷の傾向は疑えない。

('06/10/07)