膨張中国

読売新聞中国取材団:「膨張中国〜新ナショナリズムと歪んだ成長〜」、中公新書、'06を読む。かって読売に連載されたドキュメンタリーをまとめ直した本だ。このHPには、そのドキュメンタリーの注目部分を引用している記事がすでにいくつかある。私は複雑怪奇な中国の現代を律する唯一のキーワードは富国強兵であると思っている。日本にもそんな時代があった。西欧の帝国主義植民地主義が身近に迫る中で、身近に頼れるものは無し、よくも悪くも魔の手から逃れる方法に選択肢は狭かった。だが、大正デモクラシーで一息継いだのも束の間で、大不況の荒波により民主化の芽は軍国主義に根本から摘み取られてしまった。富国強兵の効率を追求するとその落とし穴に墜ちる。中国の発展を驚嘆の目で眺めつつも、将来を危惧しているのは私だけではあるまい。胡政権は独裁を強めつつある。新聞社の多角的な取材を通じて纏められたこの本に、現状の総括を期待した。
中国の富国強兵。その度合いを示す一つの物差しは、外交姿勢の目まぐるしい変化であろう。周恩来首相時代の親日ムードから今日の反日ムードへの明らかに意図的な変化は、彼らが自信を持った証拠である。一党独裁はそのための至上方針である。堅持のために、あらゆる手練手管が巧妙に活用される様子が示される。民主主義とは効率の悪い制度であるとは我々自身もよく理解している。国家即ち共産党の方針に対する異論は、たとえ国是の反日であってもコントロールせねばならぬ。日本上海総領事館襲撃で盛り上がった反日教育の成果は程なく下火になった。壁新聞に代わる扇動装置インターネットのサイト閉鎖が相次いだ。軍を含めての監視機関と調査員は膨大な数に上るという。今では社会主義国家とは名ばかりの、巨大格差社会になった中国だが、効率を重んじたために生じる底辺農民労働者の暴動騒ぎは、今では日常茶飯事のようだ。だが、報道規制は事実にメスを入れることさえ禁じようとしている。
ケ小平は「豊かになれるものから豊かになれ」と毛沢東の平等主義から大転換した。個人資産700万円以上をニューリッチというそうだが、全人口の1.5%である。上位100位の平均は336億円という。欧米の富豪に引けを取らぬ生活ぶりが紹介されている。彼らの最大の特徴は6割が不動産業者で占められることだ。地方政府と結託して農民を追い出し開発用に売り出す。農民暴動の一つの大きな原因である。農村は土地私有化で万元戸を産んだ時期もあった。だが今では疲弊が激しい。都市住民の平均収入が年11.9万円、農村は実質その1/6という。農村から流出する出稼ぎの民工は1.5億人以上に達する。彼らは劣悪な環境下低賃金で産業を支えている。建設現場の労災事故の85%が民工のものという。
東北地方には、かっての日本の置きみやげであった重工業を土台とする国営企業が集中している。効率化と市場原理の導入はすざましいリストラを生んだ。党と政府は歪みが発火原因にならぬように、必死で福祉政策、失業政策、農村対策を打ち出してはいる。しかし例えば農民が全人口の8割を占めるのに、全人代には代表が1.5%しかいないとか、掛け声ほどには実効が上がる仕組みでないようだ。格差社会の上層を目指して、小皇帝(一人っ子)たちは峻烈な競争の道を、物心が付いた頃から辿らねばならぬ。大卒はいまや19%を占め、普通の人となった。一人っ子政策は日本より極端なビヤ樽型人口分布を作った。彼らは20-30年後には高齢者社会を迎える。我が国の夫婦の理想とする子供数はほぼ2だが、中国上海での調査では1.1という。本書にはさほど重点を置いてないが、人口分布の圧力がもうすぐものを言い出すはずである。
社会主義市場経済はまことに独創的な発想であり実験である。しかも成功し実績を上げている。香港が英国から中国に返還されたとき、自由香港の行方には悲観的な識者も多かったと記憶する。楽観論者でも、一国二制度が対外姿勢として残されるとしても、何れその繁栄は上海に取られれて、地方の一中心に墜ちるであろうと云っていた。ケ小平が敷いた路線「香港基本法」は目標の「マカオ、台湾の手本化」を立派に成し遂げつつある。台湾経済界の本土への傾斜ぶりが紹介されている。長江デルタ地域には台湾IT銀座が出来上がり、たとえばパソコン液晶モニターの工場は24時間体制で日に4万台を作り、その2/3がデルや日米メーカーからの委託生産だという。台湾政界への激しい攻勢も、経済抜きには実効が上がらなかったであろう。同じ独裁でも軍閥独裁であった日本では、外地では内地に対するよりもなお偏狭な選民思想に陥ってしまって、ご存じの破滅に至った。
民主主義体験のほとんど無い歴史の中国民族が、かような柔軟性豊かな独裁政権を育てたことに驚く。だが彼らの成功が規模を拡大するにつれ、世界との摩擦も目立ち始めた。巨大黒字蓄積に対する人民元レート自由化への要求、実効を上げない偽物天国へのクレーム、なりふり構わぬエネルギー資源あさりによる外国利権との衝突などが新聞でお馴染みの話題だ。IBMパソコン事業の買い取りは耳目に新しいが、日本では主に中小企業体の技術とか特許を目当てに、M&Aが静かに潜行しているという。豊かな黒字が外国投資を伸ばしている。日本だけのチャイナリスクについても触れてある。同じ製品なら日本製は買わないが半数だと。
タイでタクシン首相が陸軍のクーデターにより追放された。NHK BS1ワールドニュースアワー・アジアの香港・フェニックスTV 時事弁論会では、首相も陸軍司令官も華人(中国系移住者)だと言っていた。国家の一翼どころか中心を華人が握っている。経済は中国ブームとも云うべき活況を呈し、文化浸透にも中国政府は如才なく手を打っている。8割が華人というシンガポールは昔から中国系の牙城であった。最近の新聞にChinidia(China+India)という合成語の解説があった。かっては戦火を交えた両国が新興2大強国として手を携えて行こうとしている象徴である。NHKでビルマ街道という番組を見たことがある。インドからのかっての蒋援ルートだ。ミャンマーとの国境では中国人商人が大手を振って商売に精を出していた。ケ小平の頃の砲艦外交の相手ヴェトナムとも今では蜜月状態を演出している。その国境の町の映像も似たり寄ったりであった。韓国ではソウルに中国文化院が建設された。孔子アカデミーも登場した。韓国の儒教思想に目を付けたのであった。かって朝鮮戦争で、すんでの所で息の根を止めたかも知れない相手に対してである。中国の文化戦略には、独裁政権ならではの長期的な柔軟にして強かな性行を感じさせる。北朝鮮は援助の代償に豊富な鉄、石炭、鉛、モリブデン、タングステンなどの資源を完全に抑えられている。近年は貿易港湾にまで中国の利権が及んでいる。
フィリッピンでは中国麻薬マフィアが暗躍している。麻薬工場を建設し、政財界に時には軍警察にまで黒い手を伸ばし、世界第2の麻薬天国を作り上げた。ここまで来ると、とても短期に浄化できる国家ではなくなっていると思う。イスラム過激組織の協力の噂もある。多島、多民族、対立宗教の存在などが治安状態を悪化させ、その隙にマフィアが入り込む。ロシアとは黒竜江中州の領有権をめぐって局地戦を闘ったことがある。今は経済的にシベリアは中国にさし込まれて、10-15年後には又対立が起こるかもしれないとハバロフスク地方の知事さんは云ったそうだ。
台湾は中国悲願の土地である。どこよりも力が入るのは当然であろう。政治経済絡みの露骨な独立派分断作戦の話は新聞でよく目にするので省略して、気付かなかったトピックスだけを以下に並べよう。台湾軍退役将軍の本土移住。彼らは本土を追われた外省人である。新聞社に忍び込む中国資本。もちろんそれとすぐには気付かぬ迂回作戦が採られている。軍備の更新は立法院の反対で中断したままという。軍事力は対岸に比べて今や劣勢に廻っているというのがおおかたの専門家の意見である。日本領海を中国潜水艦が侵した事件があった。台湾の軍事的孤立化はアメリカ空母次第だが、ミサイルと潜水艦が大きな役割を持つ。中国側に原潜含みの75隻、対する台湾側は旧性能の2隻という。中国が神経を尖らす台湾独立派は本省人で、清国が日本に対し切り捨てたときから台湾に居住していた。今更中国人などと言ってほしくないと思っているのだろう。それが与党だから、なかなか中国は思い通りにならない。日本がくさびを打ち込む絶好の時期は今だとは書いてない。
最期の章は中米関係を扱う。中国はアメリカの自由民主主義を逆手にとって、あらゆる戦術を使う。チャイナロビーの存在はもう古い話になった。最近アメリカ国民のプライドを逆なでにした事件はユノカル買収であった。基本的に親台湾であった米国民の膨張中国に対する反応ぶりが面白い。昔なら低賃金は立派に排斥の理由になった。しかし現在はそれを看板に途上国を市場から閉め出すことは国際的に許されない。日本が多大の授業料を支払った一つの成果である。でも低賃金攻勢で活性を失ったところは反中地域だ。一方ボーイング社のある地域のごとく対中貿易で活性化している場所では親中的である。当たり前だが、云いたいのは中国を具体的に身近な存在として意識せざるを得なくなったと云うことだ。軍事面だけではなく民間活動レベルでも、米人たちが米中関係に耳目をそばだてるようになった。中国語熱がそれを物語る。ヘッジファンドの大投資家が、幼い娘に、中国語をバイリンガル的に学ばせている訪問記は印象的であった。
今我が国では小学生の英語教育が話題になっている。現役を理系の研究者で終えて振り返ると、毎日が英語漬けではあったが、必要なのは考える力、調べる力、理解する力だったと結論できる。つまり国語力である。英語で自在におしゃべりできたらもっと良かったと思い出せるシーンはいくつかあるが、それは欲で研究者の必須条件ではない。研究屋でない人々が、研究屋以上に英語が必要だとは思わない。今の英語教育で十二分だ。それ以上の教育はヘッジファンドの投資家のように必要を感じる人が任意にやればよい。
9/23読売に中国が旅行者のマナーを教育せねばならぬとしていることを報じていた。ホテルのバイキングでたくさんの食べ残しをする、備品は持ち去ってしまう、大声で話し、手鼻、タンつば吐きなど公衆面前でも平気だ。北京五輪上海大博覧会が迫っている。国際人になろうというわけだ。結構な話である。私も旅行で中国人と一緒になるのは嫌いである。周囲が理解しない言葉の人はマナーが悪いと、横柄尊大だと悪意を持って迎えられる。せめて外国での日本人を見習ってほしい。
さて膨張中国に戻り、私のコメントを付け加えて最後としよう。お手本がある間はそれに効率的に近づくことができる。でもそれを越えることは並大抵でない。どれほどオリジナリティを民族が出せるかだ。例えば理系のノーベル賞が中国から続出するようになったら、中国は先進国として大手を振って歩けるであろう。あるアメリカの大学の理系学部では1/3が中国人という話も書いてある。彼らが母国に戻って活動するとき、独裁政権という壁がオリジナリティの芽を摘む方向に働かないかと危惧する。

('06/09/30)