夏の網走

- 時間が日本時間に戻った。その日は午前だけの半日観光の予定で、9:10ホールを出発。まずオホーツク流氷館へ。庭に桜、トドマツ、アカマツ、ゴヨウマツ、ナナカマド、シラカバなどの樹木を見る。ハマナスの花がもう終わりであったのが残念。昔入館した記憶がある。流氷の自然科学的解説の映画をまず見た。ここは-20度の流氷展示室が自慢のようだ。寒いので大急ぎで通り抜けた。屋上に出て周囲の写真を撮った。人口4万程度の町の周辺には湖が点在し東には知床半島が遠く望める。
- 次が博物館網走監獄だ。網走といえば地元の人も云うようにまずは監獄である。ガイドさんが、初めての人は刑務所の中に町があるのではないかと思っていると笑わす。前回の網走観光では休館日に当たっていたため見れなかった。ここは昭和60年に当地に移設するまで現役であった刑務所建物である。元の地には冷暖房完備の近代刑務所が建設されている。今の入所者は8年までの刑期の男子だけで年齢が25歳以上という。平均年齢は40歳代前半。4回入所というベテランも多数と言った。北海道には日本の男子刑務所の6割が集まっている。その理由は歴史にある。明治政府に囚人による北海道開拓の方針があった。8千からの囚人がインフラとしての道路建設にかり出され多数の犠牲者を出した。過酷極まる重労働であったという。女子刑務所は札幌に1ヶ所だけという。
- 180度の間に5棟を放射状に配置し中心に監視室を設けている。雑居房、独房があり独居房にはお仕置きに正座させられている人形が置いてある。脱獄を繰り返した囚人の脱獄の様子や収容されていた部屋などなかなか面白く作られていた。煉瓦造りの真っ暗な懲罰房、作業外泊用の移動式掘っ立て小屋の様子など。浴場の再現模型。博物館敷地にいろいろの樹木が植わっている。ニワトコに赤い実がなり、オニグルミは青い実をつけていた。ナナカマドは多い。桜が存外に多数植わっている。イチイにトドマツ。後者の一本は赤みがかった細長い松笠をぶら下げていた。ハート形の葉のカツラ。カバノキ科はもちろんあった。草花はアヤメ科が満開で本州との季節の差を感じさせた。おみやげやにバスで紹介された監獄にこじつけた名の菓子があった。出所饅頭と言った具合。入所煎餅的菓子もあった。
- 昨日の新聞で小説家・吉村昭氏の死去を知った。彼の代表作の一つ「破獄」は網走監獄にもいた明治の脱獄王・西川寅吉がモデルである。小説は残念ながら読んでいないが、粗筋は知っている。博物館網走監獄の門前に立てば彼がモデルであるとすぐ分かる。掃除をする小柄な囚人人形が彼で、その輝かしい?脱獄歴が立て札に書かれている。彼は後に悔い改めて市中の畳の上で天寿を全うしたそうである。小説「破獄」は売店に売られていなかった。太宰治の記念館には彼の代表的著作が並んでいた。「津軽」はそこで買った記憶がある。饅頭に煎餅だけが相応しい商品ではない。
- 埠頭で地元のしじみ汁と焼き団子(カボチャとジャガイモ)サービスを受ける。好評。しじみは本州のものより大きい。周辺は海辺に近い湖だらけだから易々と採れるのであろう。しじみは汽水湖に育つ。臨時売店が店を出していたので家内がいろいろ買ったようだ。43度(実は44度)という馬鈴薯焼酎があるはずだと、到着前から船客仲間で話題になっていた。芋焼酎といえば原料は薩摩芋と決まっているのに、馬鈴薯とは珍しい。だが売店には出ていない。シャトルバスで町中に出掛けたが、バスセンター近くの繁華街でも見付からなかった。そう多くは作っていないそうだ。それを世話役さん−どうも市会議員さんだったらしい−に頼んで取り寄せて貰った。44°とは網走の緯度のことで、我が家に戻ってから地図を調べたら網走監獄あたりをその緯度線が走っていた。アルコール含有率も44%らしい。両方をかけて44度とはgood namingである。下戸が持ち帰る理由は来客などへの話題性にある。味はどうでもよいとは言わないが、そこそこだったらいいのだ。
- 実はこの焼酎を流氷館の土産物店で見つけていた。でも聞いていたのは43度という商標だった。まがい物商法に免疫のある我々は眉唾には大抵敬遠策を取る。43でなくて44が正しいと分かったのはオプショナル・ツアーから船に戻ってからだった。流氷館には気の毒した。商品の包装を解くと徳利型の陶器が現れ、表面にオホーツクの地酒・北緯44度という宣伝文句と商標が焼き付けてあった。
('06/08/03)