秘密結社の世界史

- 海野弘:「秘密結社の世界史」、平凡社新書、'06を読む。テロが世界を揺るがし続けている。強固で永続性のある秘密結社の存在が確実視されている。彼らは本来なら身内に数えてもよい、ただ幾分は穏健で平和路線を好むというだけの理由で同胞まで殺戮の対象にする。近代現代ではソ連のゲーペーウー、ナチスのゲシュタボ、軍国日本の特高、アメリカのCIA、大英帝国の007など、国家組織ながら厚い秘密のベールに包まれた危険な活動を闇で行っている事実はある。でもそのレベルをはるかに通り越していると感じる。こんな時代が来るとは誰も想像できなかった。
- 私の好きな秘密結社の物語は、中東はペルシャの山岳地帯に居城を構え、外交手段として暗殺を用いたハサン王朝の歴史の中にある。ハサンは山中に花園を開き、美女に囲まれながら酒宴を愉しめるこの世の天国を作った。この花園に薬で眠らされた精悍な男が連れ込まれる。男は天国の享楽を愉しむ。再び眠らされた男は元の厳しい現実に戻される。術者は彼の耳元で囁く。もし「誰々」を殺せば、お前は生死に関わらずあの楽園で未来永劫に生きることが出来るのだと。彼は勇躍命じられた人物の暗殺に出発する。うろ覚えで恐縮だが、この話はもう何十年も昔の中央公論社出版の世界史シリーズの中にあったと記憶する。本書にはさらに正確にこの物語が書かれている。眠り薬とは麻薬で、ハサンがイスラム異端の過激派に属し、暗殺教団の名をアサシンと言った。ハシシン(大麻)を吸う人という意味だそうだ。暗殺教団の「文化」は対峙した十字軍によってヨーロッパに持ち帰られ、中世騎士団の有力政治兵器になってゆく。同根の宗教同士だから、敵対しあえばしあうほどに、相通じるものがあったのであろう。一神教恐るべしだ。
- 古代に関する記述でもっとも注意を惹いたのは、ローマ帝国内に流行ったイラン生まれのミトラ密議である。紀元1世紀から兵士によってもたらされ、3-4世紀にはキリスト教に対抗する大勢力となった。イランの神々と従来からのギリシャ・ローマの神々を統一し帝国に溶け込んだ。女性排除の男子結社で、密議につきもののオルギー(狂乱)を欠いていたので、ストイックな軍隊の規律に合っていたとある。392年にキリスト教が国教化されミトラは異教として禁止されたが、その後の秘密結社の中に吸収されていった。秘密結社にはイニシエーション(入社式)があるが、ミトラではそれが7段階に分かれている。上述中世の秘密結社のイニシエーションも7階位制を敷いている。「ローマ人の物語」は文庫本未出版のために、私はまだ五賢帝時代に入っていない。この事実は知らなかったので新鮮であった。
- 今日ならアカデミーと言えば科学の殿堂で、ガラスばりの透明で高尚な、先生方の集会所と言った建物を想像する。だがルネッサンス期のアカデミーは秘密結社であった。よく例に牽かれるように、ガリレオの地動説はこの秘密結社でしか発表できなかった。人文科学に関してもギリシャ・ローマはてはイスラムを研究する限りは隠密であることを必要とした。宗門の天の声に対抗するような不束な思想は危なくて公開をはばかったのである。やがて科学の正しさが認知され教会の力は弱まる。それでも法王庁のお膝元であるイタリアでは、現代の意味のアカデミーは、発祥の地であるのにもかかわらず実現せず、イギリスにわたり王立アカデミーとしてやっと公認公開の場としての日の目を見る。
- モーツアルトが「広域秘密結社とも云うべき(私注)」フリーメーソンに深く関わり合っていたと書いてある。「魔笛」は正にその世界を表現している。サンデー毎日5/28号に、なかにし礼が、三拍子の魔力という題で、ブッチーニと「トゥーランドット」も同様だと書いていた。荒川静香選手がトリノ五輪金メダルの舞に用いた伴奏曲はこのオペラの音楽である。魔笛もトゥーランドットも私は観劇したことはない。でも解説を読むと、劇中に、結社の中で行われる儀式や精神は鮮明に表現されていることが分かる。
- フリーメーソンのフリーとは自由、メーソンとは石工のことで、普通土地の権力者に縛られているギルド(同業組合)が、石工に限っては聖堂建設などのために凡ヨーロッパ的になり自由になったところから名付けられた。石工の制限はやがて外され、自由平等友愛を旗印とする、権威者や権力者から見れば危険な闇組織になってゆく。イギリス国教会もカトリック教会も異端として警戒の対象とした。ヨーロッパ本土では破門も再々あったようだ。錬金術師とか魔術師とかまで含む、出自も目的も異なるバラバラの組織がやがて統合された。イギリスのフリーメーソンの現代のグランド・マスター(大親分)はケント公で、王侯貴族をも飲み込んだ友愛慈善の団体になっている。フランス革命もアメリカ独立もフリーメーソンの陰謀と云われている。表に出ない秘密結社のことゆえ、よきにつけあしきにつけ火種の理由とされ続けているのであろう。
- アメリカの秘密結社は19世紀に入り俄然面白くなる。現代史に強い影響を与えた結社が続出する。黒人襲撃で悪名を轟かせたKKK(クー・クラックス・クラン)は、南北戦争で敗れて復員した若い南軍兵士が、暇を持て余して、夜な夜な不気味な仮装装束で遊び踊ったのが始まりという。これに彼らなりの正義感、社会不満が織り込まれて、政治暴力集団化した。モルモン教はフリーメーソン起源の秘密儀礼を中核に動いている。全体としては秘密結社と言えないが、内部に秘密結社があるという。保険会社が葬儀病気の互助を行う秘密結社の友愛儀礼に起源を持つとは知らなかった。
- 当時のアメリカは結社ばやりで、男子総人口の3割もがいずれかの結社に入っていた。こうなると結社も勢力拡大にはあの手この手が必要だ。秘密儀礼は結社の大きな要素だから、何とか魅力的な儀礼を創造し、会員を飽きさせないようにせねばならない。レッド・メン(インディアン向上同盟)はもともとは労働者の飲み会だったらしいが、新しい秘密儀礼が工夫され、爆発的に会員を増やした。なんでもインディアンの扮装で彼らの通過儀式を真似た儀礼をするそうだ。昔の日本にあった肝試し的行事で危険を乗り越えては1階位上がるような仕組みらしい。若者が一人前になるための挑戦の場といった意味合いもあるのだろう。
- 陰謀史観というものがある。秘密結社の働きなど表に出るはずがないから、陰謀史とは小説まがいの世界で憶測に憶測を重ねる寓話的存在だと思う。民主主義の時代になり、主流から外れていても公開に秘密の必要が無くなると、秘密結社の必要性はだんだん狭くなった。ただし民主主義のない国例えば中国では、体制に絶対服従でない人間でいるためには、歴史が語るように、秘密結社は必要悪となっているだろう。20世紀の我々近辺ではマフィアとかアルカイダとかIRAとかハマスとかオーム真理教とか日本赤軍とか理不尽な犯罪集団テロ集団が突出して見えるようになる。暴力団には一言も触れていないが、マフィアの一種と考えているのだろう。
- 秘密結社の現代的表現はカルトだと書いてある。カルトの一般的定義は興味深い。カリスマの存在、若者勧誘、親兄弟からの隔離、脱会不能、幹部の奉仕金による豪勢な暮らしなど、新興宗教のいくつかにはしばしば見られる現象のようだ。日蓮正宗(創価学会)の名が上がっている。創価学会も創生期にはこの条件のいくつかが当てはまっていたと記憶する。未だ社会を理解できていない若者や少年を隔離して戦士に仕立てるやり方は、秘密結社でなくても暴力を必要とする集団では常套の手段になっている。紅衛兵などそのいい例である。
- 一昨日世界同時公開された映画「ダ・ヴィンチ・コード」は大ヒット間違い無しだそうだ。何しろサンデー毎日5/28号の巻頭写真集をこの映画のスチール写真で占めたほどだから前評判も上々であった。サンデー毎日では世界名所観光映画という面が強調されていたと思う。この本に「ダ・ヴィンチ・コード」という一節がある。基本は秘密結社の話である。著者はこの結社「シオン修道院」をそもそも眉唾と思っているらしい。1000年も経って発見されたと称する修道院系譜にレオナルド・ダ・ヴィンチの名があり、「最後の晩餐」には修道院秘儀の暗号が隠されているというのである。西洋人にはお馴染みのおとぎ話らしいが、日本人までこんな素材に乗ってくるのは、どういう訳だろう。
('06/05/22)