人工子宮

- 文春新書「10年後の日本」に描かれた将来は大層悲観的な内容だった。現在の延長線上に日本を置いたならきっとそうなる。だが、人間社会は絶えず新しいbreak throughによって新天地を生み出し、それが事業あるいは民族の主戦場になって行く。日本には生み出す力がある(と信じよう)。それを軽んじてはいけない。我々世代が築いた豊かな資産を背景にマネーゲームで覇を唱えているかも知れないし、技術革新が別の産業を育てているかも知れない。私が現役時代勤めた組織のOB会が「100年後の未来技術の展望と夢」というフォーラムを会員相手に開催した。100年と10年ではだいぶ違うが、社会はとんでもなく変化する可能性を秘めている。気に入った、近未来にも起こりそうな話を以下に摘み食いしてみた。
- 「10年後の日本」にお教え戴かなくても、悲観材料の根源が少子化であることは誰でも分かっている。政府の第三期科学技術基本計画(2006-2010年度)には戦略重点科学技術62項目の中にライフサイエンス関連項目が7つある。でも直接的に人口増加を目的にうたったものはない。その点では歯がゆい。フォーラムには本雑文の表題とした人工子宮の話が載っている。卵子と精子を体外受精させ精巧な保育箱で健全なベビーを育てる。女性は子を産むときの苦しみから解放される。また高齢(35歳以上という)出産の危険からも免れることが出来る。地球の生命体は40億年もの間生き続けた。ウィルスから人間まで次世代に自分の命を伝えるという営みは持って生まれた宿命であり、動物ではそれが本能になっている。人間だって同じで、自分で終わりにしたくないと何となく、と言うことは、ほとんど本能的に思っている。生命再生産に不利な環境を取り除く有力な一つの手段として、人工子宮は優れものであるに違いない。
- 少子化対策の解決策の一つは長寿化である。現在男女平均で82歳ぐらいだが、100年後には105歳になっているという。統計を見るまでもなく長寿化は確実に進んでいる。ガンの治療法の進化は長寿化への貢献度が大きい。現役最後の頃に、私は京大の先生にドラッグ・デリベリー・システムのお話を聞いたことがある。患部にピンポイント的に薬剤を届けその位置で薬剤を放出するという、薬効からも副作用からも理想的なシステムである。ガンを皮膚のおできぐらいに取り扱える日がもうすぐやって来るのだろうか。もちろん高齢者が社会の戦力にならなければ少子化対策にならない。衰えた機能、例えば腕力を支援する部分ロボットの進出は著しいであろう。現在の完結型実用ロボットは、溶接ロボットとか搬送ロボットとか、とにかくそう多くない操作を高能率に自動的に行い、しかもある程度の自主的判断をするように作られている。それがさらに進化して家政婦とか看護師とか介護士の領分にまで入ってくる。省人間効果である。
- 先だってまでは世界最速最大のコンピューターであった地球シミュレーターは、NHKスペシャルの紹介ですっかり有名になった。今まで起こったこともなかった南米のハリケーンを予想したことで、結果も信頼されているという。温暖化は緯度が高いほど影響を受け、日本では100年後には5℃の平均気温上昇がある。われわれは4ヶ月もの長い真夏日を辛抱せねばならぬようになる。海面が88cmも上昇する。もしも南極の棚氷が溶けたとすると65mもの海面上昇がある。どの国も平野という平野が水浸しである。私はあと100年も生きる筈がないので、この問題は次々々世代ぐらいにお願いするとして、話題にしたいのは地球シミュレーターである。
- 地球シミュレータは現在は50m四方の体育館ほどの建物の中にあって、メガワットという電力を消費するそうだ。真空管からトランジスター、IC、LSI、超LSIと来てコンピュータの性能向上には終わりがない。その内に素子は原子レベルになるだろうとはかねて聞いていた話だが、フォーラムでは量子コンピュータが解説された。微細加工とかマイクロマシンという言葉は私が現役の頃にも既にあった。さらに進んでナノテクノロジーという微視的世界の技術が開発されているそうだ。きっとその内にお弁当箱ぐらいのサイズの地球シミュレータークラスの大計算機が、手にはいることになるのだろう。こうなればいよいよ人間の脳味噌とコンパラブルになってくる。彼は人間の良き伴侶となって、我々を永遠に若さに溢れた生活へと導いてくれるのかも知れない。少子化の最大の問題は国全体の創造力の低下であろうから、その点で大いに貢献してくれるであろう。
- 100年経ったら地球は110億人を抱えている。どうやって生きているのだろう。奈良時代と同じ生活レベルなら、日本は1億人ぐらいを養って行けると、以前に書いたことがある。論拠は米の収穫倍率の向上であった。5℃も平均気温が高くなったら、今の亜熱帯だから、米と麦を合わせて3毛作ぐらいになって、さらに1億人ぐらい食わせることが出来そうだと思ったら、農作物の生育期に1℃の気温上昇は10%の収穫減になるという調査データを紹介されてがっかりした。生活レベルにもよるが、地球が2つはないと110億人は無理なのではないか。アインシュタインは質量はエネルギーだと言った。このフォーラムではエネルギーは食糧だと云っている。安価で豊富なエネルギーが供給できれば食糧不足恐れるに足らずと云っている。例示に発光ダイオード照明による野菜の工場栽培を示した。まだ電気代の方が高くてペイしないそうだ。昔、石油蛋白とかメタノール蛋白が実験的に成功し有望視されたことがあった。これなら従来の発酵技術の応用によって食糧の工場生産が出来る。このフォーラムでは取り上げられなかったが、私は今でも可能性が高いと思っている。
- エネルギーが食糧なら、新エネルギーを見つけねばならぬ。化石燃料はあと100年は保たぬ。原子力発電が最右翼だ。ウラン資源の枯渇もあるから高速増殖炉の開発が進むであろう。その次が核融合エネルギーである。私は核融合発電については極めて悲観的である。原理は分かっているが多分耐熱材料が出てこない。その他の太陽発電、風力発電、バイオマス発電、燃料電池などなどは成功しても食糧化するほどではないのではないか。食不足の問題が顕在化したときに、実力を付けたBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)がどう出るか、その頃はキリスト教徒イスラム教徒共に30%というが、本来的に戦闘性の強い一神教徒たちが神の互譲の精神に従うことが出来るのか。戦中にほんの僅かな食糧に対して厳しくいがみ合った小事件にはいくつも経験がある。100年後に人類に破綻が訪れていることにならないように祈る。
- 再び少子化問題に戻る。科学技術の向上は社会の仕組みに大きな影響を及ぼす。人工子宮で試験管ベビーを政府が計画生産するような、極端な事態もあり得ると思わねばならぬ。それが人間の究極の望みなのだろうか。もっと現実的な人間性のある解決策は政治に求められる。政府の少子化対策に関する協議会の初会合(3/23)では、税制上の優遇策が審議された。出産費用の国庫負担については以前から話題になっている。育児との両立を企業に強制する案も昔から出されている。私は特に税制上のインパクトを期待したい。審議会の議論は子ども数に応じた控除金を対象にしている。私は大人1人が子ども1人を育てる、だから夫婦は2人を育てることを義務と考え、育てない人には子無し税を払わせるのがいいと思う。子無しのまま夫婦で稼ぐカップルと、夫の働きと専業主婦の子育てで成り立つ夫婦を収入から比較し、要介護になったときに、誰かの世話にならねばならぬことを考えるだけでも、子無し税は当然である。少子化は日本の将来を暗くしている。今や子無しは悪である。
- 子宝に恵まれぬ人は養子でも何でも実質に子どもを育てればいいとしよう。子無し税は30万円/人・年ぐらい。例えば子ども3人を抱えるが、仕送りもなく働きにも出られないシングル・マザーは生活保護費の20X12=240万円/年に子育て報奨金として(3-1)X30=60万円/年、合計300万円を貰う。これなら何とか生活も教育も成り立つ。子を持つ喜びは個の利害享楽を追求するあまり優先順位を無理に下げさせられて来た。子無し税は、それをきっと復権させると信じる。
('06/03/26)