那覇'05

- 那覇は今回の南西諸島・台湾 悠々クルーズの最初の寄港地である。沖縄本島の観光は3度目である。予報では午前雨であったが、曇りのち晴れに変わった。船から港の人々を眺めると長袖の方が多い。歓迎式典は簡素であった。
- 風邪の家内を船に残してシャトルバスで県庁前まで行き、そこからモノレールで識名園に向かった。今回は識名園だけが目的である。モノレールには初めてお目に掛かる。跨座型である。モノレールから首里城の全貌が見れる。裏から眺める首里城もなかなかいい。終点の首里駅からはタクシーをひらう。ICの側を通る。運転手の話では、空港までの高速道路はまだ完成まで時間が必要らしい。識名園は沖縄王朝の迎賓館のような役割も持つ、接待用のちょっとした建物を有する庭園である。建物はおそらく戦後の再建であろう。外見は美しい。屋内には取り立てて立派な美術品が飾られているわけではない。昔はどうだったのだろうか。中規模の大名庭園といったところであった。でも見慣れた日本の庭園とはちょっと違う。中国庭園でもない。バスツアーの観客が大勢詰めかけていた。15分程度の見学。戻りもタクシーで県庁前のパレットくもじへ飛ばす。道は細めで曲がり曲がりであった。
- 町のあちこちに色とりどりの花が咲いていて楽しかった。私に分かる花はブーゲンビリアにハイビスカス程度であるが、もっともっと品種が多い。ただ残念なことに植物に説明がついていない。土地土地で植物相が変わるのだから、観光協会あたりはその相違に心を愉しませる人間がいることを気に留めてほしいものだ。うす桃色の花は南米桜とか言う俗名を持つ花で輸入種らしかった。運転手の話。前回クルーズのシャトルバスの臨時停留所もこのパレットくもじであった。隣に座った一人旅のおばあさんにいろいろ聞いた。おみやげに泡盛やうみぶどうを宅配便で送ったという。沖縄からの送料は結構高くて、安物みやげでは運賃の方が高くつくと云った。泡盛は40度の瓶入り1万円ものといった。戻ってから家内に言ったら、物産展で来るから別に送らなくてもいいのにという。おばあっさんは土産の義務を果たして肩の荷が下りたらしく、これからは気楽に船でゆっくりしますと言った。沖縄は船で3回他に飛行機旅を幾度もやったレピーターであった。私の知人もたくさんのおみやげを抱えていた。国際大通りで買ったという。我々年輩の世代には昔からの「おみやげ文化」が根付いている。
- 飛鳥に戻り昼食にウナギを食べた。ここまではいわば本州食で、これからはいよいよ南西諸島食が出るようになる。私は苦手である。豚肉の角煮、豚耳の刻み煮。昔公設市場で赤裸の豚首を見てからどうもいけなくなった。ニガウリをいろいろに合えたもの。ニガウリは苦いのが売りなのに、最近の料理にはわざわざ苦くないニガウリを出してくる。夕刻頃には空は晴れ防波堤に白波がかかるのが見えた。
('05/12/14)