東アジア中世海道


久しぶりで佐原の歴博を訪れた。企画展示「東アジア中世海道−海商・港・沈没船−」がお目当てである。
入り口の第1室に昔の地図が展示してある。16世紀から17世紀にかけてヨーロッパ人の世界認識が格段の進歩を遂げたことが判る。1575年のオリテリウス・アジア図では日本らしき島がカブトガニが手足を引っ込めたような奇妙な姿で中国東方海上に浮かんでいる。(朝鮮)半島など影も形も見えない。それが1602年の坤輿万国全図ではかなり正確な姿で出ている。流石に樺太はなかったが北海道は記載されていた。この図はヨーロッパの宣教師が北京で中国人向けに作製した地図である。緯度経度の概念がすでに行き渡っていたことが判る。
同じ頃の中国人の世界地図としては1557年の東南海夷図が出ていた。中国周辺の諸蛮族の一つとして、日本は小さな丸で示されていた。中華思想が地図にも出ているという説明であった。中世の日本は、世界が天竺(インド)、震旦(中国)、本朝(日本)の3国よりなるという世界観であったという。朝鮮とは歴史始まって以来の付き合いだし、ベトナム、シャム、ルソンといった国々も承知の筈なのに、なぜ3国なのか面白い。
欧州鉄道の旅シチリア島編を見ていたら、「踊るサチュロス」像の話を紹介していた。サチュロスとは酒の神様バッカスの従者で、酔いしれて無心に踊る姿がすばらしいそうだ。今、愛知万博のイタリア・パビリオンの目玉として展示されている。この像はたまたま漁船の網にひっかかった。でも近年は海底探索技術進歩のおかげで、海中遺物の研究は偶然から抜け出して発展し、海中考古学というジャンルを確立しつつある。韓国新安の沈没船調査は新聞記事でも読んだように思う。その一部が展示されていた。14世紀の日元貿易に携わった交易船のようで、日本向けの大量の積み荷を残していた。何しろ長期に亘って海中にあったものだからたいていは腐敗変色して、展示できるほどのものは陶磁器と金属製品に限るようだ。完全な姿で残った青磁などには、見る人によっては、垂涎の逸品があるのだろうが、私にはその趣味がない。金属製品は銅銭ばかりで、「踊るサチュロス」のような芸術品は含まれていなかった。そんな意味で、あまり面白い展示ではなかった。だが分析の結果判明した数々の漢方薬、持ち物から想像される船乗りの姿、残骸から復元された交易船の構造などは興味を満足させてくれる。
大坂夏の陣で全焼する前の、全盛を誇った頃の堺を描く南蛮屏風は当時の彼我の風俗を描いている。堀で囲まれた長崎出島のような区画を、自由貿易港とする暗黙の了解があったのだろう。武装の侍も描かれている。イラク・バグダッドで今問題になっている民間警備会社のような傭兵組織で堺は自治を守っていたのだから、侍のどれかはそんな立場の人であったのかも知れない。琉球交易港図屏風はちょっと時代が下がるが、那覇港に出入りする明、島津藩、フランスなどの船が描かれている。明の1艘には接貢なる旗印が見える。官船なのであろう。島津藩の船は丸に十の字の旗ですぐ判る。首里城に向けて駕籠が行く。その前後を侍行列が警備している。琉球政府の役人3名が先導をしている。フランス船は2艘描かれている。1艘は入港中であり、他は沖を帆走中だ。19世紀の作と言うから、もうオランダの時代は過ぎて、イギリス、フランスの時代に入っていた事を物語っているのだろう。
昼食に付属のレストランに行く。ライスカレーを注文した。米が悪いし、カレーから分離したラー油が浮いている。くらしの植物苑では雨だった。傘を貸してくれた。牡丹が見頃だった。シャクナゲはもう終わりに近い。トチノキには大きな花房が上向きに突き出ていた。サンザシの白い花が満開に近かった。ベニバナエゴノキの垂れ下がった蕾が開花間近を教えている。ミヤコワスレが一杯に咲いていた、シランはこれからだった。実はハナニラを探しに来たのだったが、もう終わったと言っていた。私の散歩道のハナニラらしき雑草もそういえば寿命が短かった。輸入草本だが、種が散らばって日本の雑草のようになっていると聞いた。温室のナデシコももう時期を過ぎていた。小雨に洗われた新緑の植物園はなかなかいいものである。
再び歴博本館へ。図書室が半分になっていた。仕切った残りの半室に各国の獅子踊りの獅子の展示をしていた。獅子はもちろんライオンのことである。もとは師子と書いた。子はネコ科動物を指し、師は指導者を意味する。なかなか科学的である。ハイビジョンの中国紀行などでいろいろ見てきたので、外国の派手派手の獅子にそう驚かなかった。しかし、お獅子が、日中以外にも、東南アジアに広く分布するとは知らなかった。どんな風に演じるのかDVDででも見せてくれると有り難かった。
さて午前の続きで、「舶来物への憧憬」を展示する最後の部屋に行く。鎌倉や一乗(朝倉氏)の高級邸宅跡から出土する唐物の破片、酒飯論絵巻に出てくる宴会席にさりげなく置かれている高級陶磁器などを見せて、中国高麗青磁器はステータスシンボルであったと説明している。近代に入ってからも明治維新後、二次大戦敗戦後のしばらくは極端な舶来(西洋)品崇拝時代であったから、心情的にも頷ける。憧憬が強ければこそ、それを乗り越える馬力を蓄えることが出来た。
でも中華思想の国では、それが反発心を優先して煽り立てる原動力になっていると聞く。反日デモの解説などに見かける話である。韓国も、儒教思想継承においてより正統的であるという意味で、中華の民であると書いた本を読んだ憶えがある。中国から見ると蛮族にも位があって、韓民族の方が大和民族よりも上なんだそうで、それが彼らの日本に対する基本的立場になっていると読んだときは思わず噴き出した。中国・韓国が称える歴史認識は、まさか日本が蛮族でも一番下の位だと認識せよというのではないだろうが、4000年かけて作り上げられた史観がいつまでも妖怪となって、現代人の仲直りを妨げている面もあるようだ。ひどく脱線したが、いろいろ教えてくれる展示であった。

('05/05/13)