三井楽


飛鳥'05春日本一周クルーズの第5日、3月27日(日)は、長崎県五島列島最南端、福江島の三井楽港であった。目覚めたらもう船は沖合いに投錨していた。港と飛鳥を結ぶ艀がひっきりなしに出入りしている。海上タクシーの看板が出ている艀もあった。今回の旅で着岸出来なかった港はここだけであった。艀で通うのも風情があって私は好きだ。利尻・礼文クルーズ以来の経験である。奄美大島には今は接岸可能な岸壁があるが、昔はテンダー・ボートによる上陸だったと聞いている。艀通いがおいおい少なくなるのはちょっと寂しい。あとで聞いた市長さんの話では、島の反対側の福江港の改造で、来年以降はそちらが着岸可能になると言う。10分ほどで岸壁にあがり、すぐシャトルバスで歓迎会場の遣唐使ふるさと館に向かう。5分。
雨で周囲は煙っておりおまけに少々寒い。我々はOPツアーをやめたが、正解であった。万葉朝市にいろいろ変わった海産品が置いてあった。かんころ餅とか椿の飴とか色々買った。物産販売店でも土鈴の民芸品に手頃な品を見つけた。万葉シアターで万葉切り絵絵巻「行きし荒雄ら」と人形アニメーション「遣唐使物語」を見た。よかったので家内を呼び込んでもう一度見た。おっとりしたものでもう一度入場料を取るとは言わなかった。それどころか飛鳥客だと分かって割引金を戻してくれた。「行きし荒雄ら」とは万葉集に山上憶良が書き残した悲話である。官から荷の船送を命じられた舟人が、老齢のために行けず、代役を若い仲間に依頼する。彼は快く承知し船出したが、嵐のために帰らぬ人となった。その妻子は7年も陰膳を据えて待ちながら健気に生きているという筋であった。
歓迎会は子供たちの念仏踊りから始まった。昔の松本清張原作の映画「張込み」で見た佐賀の念仏踊りによく似ていた。なぜ西九州に念仏踊りが残っているのかちょっと興味がわいた。恒例の花束贈呈では、現地側には市長、議長、教育長他が並んだ。五島市は合併により出来たばかりで、市長は女性であった。船長の挨拶で、船客は460人あまり、船員が270人ほどだと分かった。次が呼び物の獅子舞。いろんな獅子舞を見たが地域色があって楽しかった。二人獅子に鬼面の獅子使いが付き、獅子を煽っては踊らすと言う趣向であった。終わってから地元テレビのインタビューにかり出され、感想を一言しゃべった。私がインタビューを受けるのは、これで3回目である。
昼食は地元の奉仕で名物料理をいただいた。五島うどんだけは覚えているが、あと食後に食ったミカンとイチゴがうまかったこと、イカの刺身が新鮮であったことぐらいしか覚えていない。家内があとで聞いたところでは、3カ所の食事場所で、それぞれ料理が違っていた。我々はレストランで、船長や議長さんと一緒だった。カワハギや酒が出た部屋もあったという。2時から万葉歴史講話を地元郷土史家・松山勇氏がやった。ちょっと言葉が聞き取りにくかった。万葉集の他にも三井楽にふれた史書や紀行記あるいは歌集がある。地名が時代によっていろいろ変化する。五島の名は秀吉時代以来のようで、それ以前は近島あるいはそれに似た発音の名であった。三井楽は類似発音のまま今日に至っている。遣唐使最後の寄港地としての史跡もいろいろあるらしい。

('05/04/07)