迷宮都市フェス


NHKハイビジョン・スペシャル「イスラムの迷宮都市 モロッコ・フェス 生活紀行」(再)を見た。朝の9:30から11:30までほぼ2時間の長い番組であったが、飽きさせなかった。終わって録画しなかったのをちょっと後悔したほどである。
フェスはモロッコの内陸都市だ。地図で調べると、カサブランカの東方300km、ジブラルタル海峡の南南東200kmと言う位置である。草原地帯で都市を離れると人口は密ではない。古い城壁に取り囲まれた旧市街は4平方kmほどあり、全体が世界遺産に登録されている。アラブ王朝の首都として、8世紀ごろからモスクを中心に建設が始まったという。今10万戸30万人を数える都市である。アラブ人のほかに現地人のベルベル人、スペインからのアンダルシア人も移り住んでいる。混交の様子は残念ながら説明になかった。市中には7-8百のモスクがある。中世の遺構や生活が生きた姿で伝わっているイスラム都市である。
迷宮都市という謂われは、大通りから入ると、細道がアリの巣穴のように張り巡らされていて、あたかも迷宮に入ったような錯覚を与えるからであろう。カメラはその細道をどんどん入って行く。水飲み場がある。コーランには公共の水飲み場を設置せよという規定があるのだそうだ。商店街−スーク(市場)−は商品種ごとに街区分けされている。衣料の街路、金物の街路、食材の街路、食材も香料、野菜果物など青物、魚、肉などに分かれる。間口が2-3m程度の小店舗が軒を連ねる。奥にドアがない。店主は吊革にぶら下がって道路と店中を行き来するのである。荷を担いだロバを牽く人。ロバは尻に布を当てられている。このせまい場所で放尿でもされたら大迷惑だからだろう。すれ違うのは大変だ。ロバには露店は店を移動せねばならない。
迷路に覆い被さるように壁が迫っている。見上げると両側が繋がっていたり、補強材が渡してあったりする。路地はほぼトンネル状態である。家屋はだいたい3階建てである。窓はほとんど無い。あっても2階より上だ。出窓があるが木板が覗かれるのを防いでいる。木板には少し透き間が空けてある。昔の女性はそこから通りを見下ろしたそうだ。女性は素顔を家族親族以外に晒すことを、コーランが禁じているからだそうだ。通りを行く女性は今ではたいていが素顔を見せているが、老女は例のイスラム特有の黒い布チャドルで顔を覆い目だけしか見せない。両側の家の入り口は交互に作られている。頑丈なドアだ。家への通路は入り口をくぐるとすぐ直角に曲がるように造られていて、中を見通せない構造にしてある。日本の宿場の枡形のようなものだ。
案内された家屋は富裕家族の住居のようだった。四角の中庭が吹き抜けになっていて、それを囲むように住居が拵えてある。鍵付き個室ではない。中庭側には窓やドアがたくさん付いていて、路地から見た印象とは全く違う。外敵に対する用心がそうさせるのだろうか。古代ローマの住居構造もそうだった。塩野七生:「ローマ人の物語」のどこかにその見取り図があった。中庭の豪勢な「ベン・ハー」の家も外に対してはえらく厳重な土作りの構造だった。カスバという要塞住居も基本的には同じだ。してみると少なくとも古代には凡地中海沿岸的構造であったのかも知れない。見事な幾何学模様のタイルが床や壁を飾っている。幾何学的図案の極致はモスクにある。偶像崇拝を禁じるコーランの影響である。ハイビジョンは線も円もくっきりと映し出す。さて路地はますます細くなり、とうとう行き止まりとなる。行き止まりのドアを入るとやはり同じ中庭構造の住居であったが、何家族かが雑居していて、おのおのの住居前にはテント布が目隠しに広げられていた。
路地をロバを連れた清掃人が行く。自動車もリヤカーも入りようのない狭い路地だからロバなのだ。家々のゴミを集めて廻る。住人たちは朝飯をご馳走している。あとでも出てくるが、驚くほどに人間関係が濃密なのである。彼の収入は月1.8万円。モスクの回りには物乞いが多数屯している。礼拝に来た人々はなにがしかの喜捨をして行く。喜捨はコーランに載っている義務で、もらう方も別段礼を言わない。イスラム教徒は皆互いに兄弟なのである。町一番のカーペット業者が構える店舗が映る。奥は広い。目も覚めるような幾何学的模様の絨毯が所狭しと並んでいて壮観である。その営業員30才ぐらい(以下彼という)がもらう給与が月に4万円という。教室が映る。6-15才が義務教育だ。コーランを教えている。先生はボランティアだ。早朝にモスクの尖塔から聖職者の唱える祈りの声が聞こえる。カーペット店舗の宿直がお祈りを捧げている。コーランが密着した生活である。コーランは宗教教義はもちろんだが、事細かに日常生活の規範をも書き記しているのである。後半は彼の結婚を追ったドキュメンタリーだが、結婚についても詳細にコーランで規制されているのだそうだ。
結婚は彼にとっても家族にとっても大事業である。彼女は友人の妹。日本にも「男女7才にして席を同じうせず」と言う儒教の教えが昔は浸透していたが、男女別席はここでは今も生きた道徳律である。大通りの一方に茶店があり男たちが屯している。道を挟んだベンチには女たちがいる。決して同席しない。そんな調子だから二人の婚前の交際などあり得ない。結婚を許可するのは父親。結婚前、取材班が婚家を訪ねても、やっと彼女の写真を見せて貰える程度である。
契約の儀式がある。それに相応しい公共施設があって、自家で執り行われるのではない。親族だけが出席する。女たちだけの集まる部屋に2人が並んで座っている。男どもは別の部屋だ。この日ばかりは、男が女にサービスに努めねばならぬ。日本の女正月のようなものらしい。役人が到着するといよいよ契約だ。臨席は男の近親者。婿側は嫁取りに支払う契約金が必要だ。今回は6万円。それから結納金に当たる支度金が予め先方に渡っている。33.6万円。この金で嫁側は衣装、指輪、家具など買いそろえ、それを花婿側に渡している。契約の日に改めて花嫁側に渡されるのである。
支度品の買い入れ事情の取材があった。結婚道具専門のアーケード街がある。中に初夜の寝台敷布があった。結婚後に彼女が処女であった証として花嫁の母に贈られる。我が国でもついこの間まで未婚女性の純潔は大切にされていた。嫁側が契約の時に健康診断書を渡す。男と取り交わしたかどうかは定かでなかった。最後に役人が契約が成ったかを確認し嫁候補が署名して儀式が終わる。契約社会なのである。ここでも男が署名した風には見えなかった。
男女別席であった儀式もうち解けあって入り交じった踊りが始まる。だが、よく見ると女は自分の家族の輪にだけしか入らない。儀式の前に羊の買い出しとその屠殺シーンがある。羊は1頭が1.8万円だ。ただただ従順に脚を縛られてタクシーのトランクに詰められ、自家の屋上に連れ込まれ、そこで首動脈を切られてあっさりと死ぬ。羊の殺し方から屠殺者が男でなければならぬと言うことまでコーランに規定されているという。イランが聖職者支配のコーランに基づく政治体制であると言うことは有名だが、かくも具体的に生活の細部に渡ってコーランが規定しているとは知らなかった。イスラム教圏では、イラン体制もあるいは可能なのかも知れない。
結婚式では親族以外の同僚友人も多数招待される。ディスコもクラブもないこの町では結婚式は大変大きな楽しみである。レストランが会場で、その日は130人が集まった。普通の人数だそうだ。銀色の輿に乗って二人が現れ、たいそう賑やかである。お色直しは再々行われる。豪華な衣装である。たいていは洋風であるが、伝統の結婚衣装も披瀝された。この披露宴は1週間も続く豪華な結婚式もあるという。しかし取材対象のこのカップルのそれは、どうやらこの一日だけのようだった。コーランには一夫多妻を認めている。しかしほとんどは一夫一妻だそうだ。
この映像を見たあとですぐ映画「カサブランカ」のビデオを見直した。次の日には同じハイビジョンスペシャルの「遙かなるリビア」を見た。カサブランカにもトリポリにも路地は映っていた。しかし幅はまあ京都の錦小路並みで、何よりフェスのような迷路ではなさそうだった。フェスが中世イスラム城郭都市として特異な存在なのか、あるいは他の都市が建設当時は類似であったかも知れないが、以降の社会の発展で現在の姿に変貌したのか、歴史的な説明がなかったのは残念である。

('05/01/18)