渡辺学の世界


千葉県立美術館の「−漁民を描く−渡辺学の世界−」展を見た。渡辺学は、銚子市出身の日本画家で、銚子で生涯の大半を過ごし、そこに生きる漁師やその家族を題材にした絵を数多く発表したという。銚子は何度か訪れた。漁港にも立ち寄ったし、町中や醤油工場の見学もした。犬吠岬も屏風ヶ浦も知っている。今年「澪つくし」の再放送があり、半分ほど見た。ヒロイン古川かをる(沢口靖子)の初恋の相手・吉武惣吉(川野太郎)は外川の網元漁師であったっけ。芸術鑑賞でも、何か親しみを持てるつながりがあるのに越したことはない、と思って出掛けた。
形のあるもの全ての輪郭を太い黒線で描いてある。それが暗い風景ではより一層陰鬱な印象になり、明るい風景では陽光の輝きを増す働きをしている。初期の作品ではまだ日本画に普通の輪郭線であるが、戦後期のある時代から急に太線が目立つようになる。デフォルメはしてあるが、人物一人一人が個性ある顔立ち表情に描かれているのがよい。男性像は力強い。その代表は「加工場の男」であろう。「遺された人(川口)」「遺された人々」は、男を遭難事故で失った女の悲しみを伝えようとした絵なのだろう。暗い雰囲気が伝わる。川口は画材にいろいろ取り上げられている。利根川河口の川口外港を指すと思う。「海女」は焚き火で暖をとる全裸に近い海女たちの健康な逞しい肉体を画材にした。バックの金箔が明るい雰囲気を盛り上げるのに効果的に用いられている。
愛用の道具が展示してあった。画架がある。洋画と違って脚が短い。畳に座って描いたのだろう。しかし、大家の作画風景として紹介された写真などを見て、日本画は畳に広げた基底材料に、画家が覆い被さるようにして筆を走らせるとばかり思っていた私には、画架は意外であった。それから岩絵の具や金粉、胡粉の、何というのであろう、溶き皿捏ね皿は常識通りの器だったが、チューブ入りの絵の具が多種類使われているのに驚いた。ラベルは洋名のものがほとんどであったから、もう合成絵の具に関しては、日本画も洋画もほとんど区別が付かないようになっていると実感する。最近の日本画展は、洋画展と、彩色の華やかさにおいて引けを取らぬのは当然である。学の特色として上述した太線は墨で描かれた。硯と墨が展示されていた。絵筆に刷毛は日本画伝統のものがほとんどであるが、洋画家が使う筆も導入してあったようだ。接着剤、展色剤の膠はいろんな形のものが入っていた。それを溶かす小さな湯煎も私には珍しかった。
「暮れる日本橋」には百貨店白木屋のビルに戦意高揚の垂れ幕が下がっている。昭和13年の作品だ。昭和21年の「争奪」ではチョコレートらしき紙包みを何人かの子どもが奪い合っている。表情にゆとりがないから真剣な喧嘩である。戦後の混乱期を記す記念作品なのであろう。描かれている漁獲物にはでっかい鱶のようなものもある。漁民が腹を割くと大型魚が胃袋からずり落ちてきた。「夜明け」だ。生活手段としての漁獲物という捉え方は、魚の町にしみついた感覚だ。魚と人間の関わりを、泥臭く汗くさく表現する絵が何枚もあった。住み着いた画家の記念館はいくつもある。私は最近では奄美大島で田中一村記念美術館をみた。一村は、学とは違うが、やはり何かを残せた日本画家だった。天才画家など世紀に1人出るか出ないかだ。画家にはこういう生き方があることは、絵を志す人には大いに参考になるであろう。

('04/12/06)