ハウルの動く城

- 宮崎駿監督のアニメ映画「ハウルの動く城」(スタジオジブリ制作、東宝配給、'04)を見た。前作、前々作にはすぐにそれと解る「骨太」のテーマがあった。千と千尋の神隠しには「逆境と奮起」、もののけ姫には「開発と神の死」といった言葉が当てはまるように思う。前作は、豚にされた両親を救おうと魔法の温泉宿に千尋が忍び込む話であった。後者は、たたら開発で森を潰される動植物の怒りと人間の闘争を描いていた。ハウルの動く城は何がテーマであるか。ともかく大ヒット中だそうだ。DLP(Digital Light Processing)版だった。
- 前2作は純和風の風景であった。今回は何ともバター臭い。英国の田舎都市、それも1世紀ほど昔という設定なのだろうか。街並みはイギリス中世の雰囲気を色濃く残している。しかし旧式の蒸気機関車が引っ張る列車が、町中に半地下の鉄軌道の上を走っている。今では自動車博物館にでも行かぬとお目にかかれないようなクラシック・カーが、馬車と共存している。どうもガソリン・エンジンではなくスチーム・エンジンみたいだ。もう電気は使われていて、今は明治村に移転されている京都北野天神行き市電のようなチンチン電車が町を行く。魔法界に君臨するサリマンが、荒地の魔女の魔力を取り上げるのに使う道具に、特大のタングステン電球がある。女主人公ソフィーが作る帽子の型は古いし、女性のロングスカートや、パンタレットというのであったか、足首あたりで縛ったズボン状の下着は1世紀以上の昔を示す。読んだことはないが、どうも原作は、英語圏の人の手によるものらしい。
- 大空を行く乗り物は、全部現実の飛行機には存在しない原理で飛んでいる。でも、たいていは、今までに宮崎作品でお目に掛かった品物の延長線上にある。昆虫や鳥の飛びかたである。風の谷のナウシカと天空の城ラピュタを重ねたもんだと思ったら間違いない。他にもアイデア転用はあるのかも知れない。だからか飛行体には創作上の新味は感じなかったが、目玉の動く城はさすがに独創的であった。足があって城ごと移動する。素面は陸上戦艦のようだが、町に収まるときは当たり前の目立たぬ住まいに姿を変える。城の薪火に魔法使いカルシファーが住んでいて、城全体が変身するのである。しかし魔法が効かなくなってぶっ壊れた姿は、がらくたの寄せ集めであったから、元来は現実のブツであったことが解る。
- 城の主ハウルは、カルシファーを金縛りにしている若い美男の魔法使いである。正義の味方であるとおいおい知れてくる。呪いをかけられ90才の老女にされた少女ソフィーは、そこの押し掛け掃除婦になる。ハウルが呪いの原因である。ハウルへの愛が高まるとスーッと元の少女の面影に戻り、現実に思いが帰るとまた老婆の顔になる。魔界と人間界の往来がよく描けているように思った。ハウルの生い立ちは過去のトンネルをくぐると見えてくる。トンネルを指し示す指輪の光は天空の城ラピュタそっくりではある。アニメはソフィーを追いかける。だからソフィーについてはすんなりと頭に入るが、問題はその他出入りの激しい魔人たち特にハウルである。あちこち飛び飛びだが、お終いまで見るとハウルの全貌がやっと解るように仕掛けてある。宮崎さんの職人的構成法だ。
- 倍賞千恵子がソフィーの2役、少女と老婆、の声を担当した。若い声である。むしろ老婆の方が作り声のように感じるほどであった。主題歌も彼女であった。基礎のしっかりした女優だ。サリマンの加藤治子も流石と思った。声に特徴がある人は得だ。美輪明宏は、持ち前のねちねちした言葉遣いが、荒地の魔女役にうまくはまっていた。魔力を解かれたあとの声もよかった。ハウルの木村拓哉は平凡だった。声優についてはその程度であった。
- さて元に戻って、ハウルの動く城のテーマを考える。前作、前々作ほどには決定的な印象がない。ソフィーを除けばサリマンが記憶に残った。ハウルの先生で、圧倒的な魔力を持っている。人間界の戦争にあれこれ手を貸して、戦争ごっこを楽しんでいる風にさえ見える。弟子ハウルの必死の抵抗に会い、戦争を諦めるが、時すでに遅くソフィーの町は瓦礫で埋まっている。勧善懲悪の紋切り型アニメであったなら、彼女は惨めな最後になるはずだが、壮大なガラスの王宮の中で涼しい顔で中止を命じるだけである。天子とか国王とかの超人間界の人はいかなる場合も傷つかないという、二次大戦までの近代現代史を皮肉ったのであろうか。でもこれはテーマと言うほどにはなっていない。
- テーマはやはりソフィーとハウルの魔法を突き破った愛の力であろう。なんだか平凡だが、「愛は魔法より強し」とでもしておこう。打算的な愛情の物語が多くなった現代では案外に新鮮である。11/25成田で3500人がお出迎えしたとか聞くヨン様の韓流ドラマと同じ傾向である。
('04/11/26)