飛鳥'04秋日本一周のまとめ


このHPに9/20からの旅の感想を寄港地ごとに書いてきた。神戸、奄美大島名瀬、長崎、釜山、七尾、釧路と青森が寄港地である。青森は書けなかった。台風21号が仙台沖に抜けた。そのためロープウェイが運行中止となり、予定のオプショナルツアー・八甲田山山頂の紅葉見物が中止となった。かわりに雨中を臨時のシャトルバスで港の三角ビルの観光物産館アスパムに行き、特産品などをゆっくり品定めする機会に恵まれた。ただこのビルは前のねぶたクルーズの時にきているので、改めて紹介することもなかったのである。しかし普通は埠頭で行われる歓迎セレモニーが船内で行われ、ミスねぶたの写真を間近で納められたのは収穫であった。私の背を越す美人だった。このページは書き残しを集めた余録である。
赤ちゃんは見かけなかったが、4-5歳のお嬢ちゃんからよぼよぼの爺さん婆さんまで、このクルーズも年齢幅は広かった。平均年齢はクルーズ期間が長いほど高くなるようだ。日本一周は世界一周のような長期志向組と、お祭り追っかけのような短期組とが重なるクルーズのようだ。新婚さんもいた。新婚旅行に船旅はいい選択だと思う。モーパッサン:「女の一生」の主人公の新婚旅行も船旅ではなかったかなと昔々読んだ小説を思い浮かべた。車椅子もいた。鼻から管を通した介護人付きの病人もいた。ちょっと声はかけ辛かった。アメリカ二世三世の一団もいた。二世の親は広島の出身だとかで、日本語のアクセントは関西風であった。三世はほとんど日本語を話さなかった。彼らの乗船中は日本語英語両方で案内のアナウンスをしていた。2週間近いクルーズだから、そこそこにうち解け合える人も数多くなって、交際という意味でも楽しめる船旅であった。
交際の機会は食事時とか行事の最中にやってくる。同性同士ではその続きを大風呂で受け継ぐ場合が出てくる。特に夕食は正餐だから時間が長いために会話も弾む。高級士官、出演者や講演者が同席するケースもあるから期待できる。私たちはたまたま知り合ったご夫妻のお誘いで、古今亭志ん五師匠と山本文郎アナウンサーと同席する機会があった。前者は古典落語を2回にわたり聴かせてくれた。後者は「明るく楽しいはなし言葉」という題の講演者である。船内で行われた第1回のゲームはダーツ大会であった。ラッキーが重なって私が優勝した。ひょっとしたら今年に孫と遊んだおもちゃのダーツゲームが役に立っていたのかも知れない。しばらくは優勝者と声をかけてくれる人がいた。こんなこともきっかけになったようだった。継続的に行われた気功と社交ダンスの教室には出来るだけ出席した。毎晩でもなかったが、ダンスタイムにはホールへ通った。常連は互いに知り合うようになる。
船の正餐は、洋風中華が1回あったが、あとは和食とフランス料理が半々であった。洋食には、ダチョウとかホロホロ鳥とかウズラとか、普段は余り注目しないメニューを選択肢の中に入れてくる。毎日ご馳走攻め(責め)だから、体重増加に悩む人も出てくる。朝、昼でそれを調節しようとする。バイキング方式の洋食ビュッフェでなるべく野菜や果物にするように心がけても、やっぱり肥るようだ。和食にうなぎが出たり、寄港地特産品らしきものが付いているときは、ついそちらの方に行ってしまう。我々世代は、出されたもの皿に取ったものは全部平らげるのを食事マナーとしたから、うなぎを半分残すことが出来ない。アルコール飲料に手が出るのも問題である。家庭では隔日ごとに休肝日を設けていたのに、週に1回程度になってしまった。消化器の超過負担を胃腸薬で誤魔化す。馬鹿げていると自嘲したものである。洋上のデッキランチは楽しいひとときである。ここで又食い過ぎてしまう。和洋韓のバイキングだった。クルーズも終わり近くになって、乗客の一人はコンビニのおにぎりが恋しいと言った。同感であった。
デッキランチのあとも一踊りあった。デッキダンスというのであろう、何回かやっているはずなのになかなか足が付いて行かない。デッキダンスは寄港地を離れるたびに、セイルアウェイパーティでやった。何種類かあって少しまじめに習うと何とかまねが出来る簡単なステップである。マンボのリズムに手振り身振りを加えたダンスは気に入って、どこかの港を去るときにやってみたら、船のPHOTO SHOPの写真になっていた。最近は自分で写真を撮るのが億劫になって、船の写真屋さん任せになっている。
入港時には歓迎式典があり、出港時には盛大に見送ってもらった。しかし韓国釜山港では式典はなく出港時の見送り人もいなかった。セイルアウェイパーティもなく寂しい船出であった。場所も悪かった。船が接岸した場所は倉庫が建ち並ぶ貨物用の埠頭らしかった。その前の長崎港では、入港の時に幼稚園児が竜踊りを披露してくれ、出航の時には小学生の吹奏楽団が見事な演奏を聴かせてくれた。最後は岸壁の端まで走って手を振ってくれ、送られる方の旅情をかき立ててくれた。前回立ち寄ったときもそうだったと記憶する。クイーン・エリザベス二世号が日本を初訪問したとき、ミス、準ミスなど多数が出迎えた記事を覚えている。世界一周で外国に寄港するとき、飛鳥はどんな風に送迎されるのか、一周の経験者がたくさん乗船しているので、一度聞いておこうと思いながら、聞くのを忘れてしまった。
我が家に戻るとキンモクセイが強い香りを放っていた。明くる日だったか映画「タイタニック」のTV放映があり、海難事故のすごさを映像で教えていた。飛鳥の乗客の避難訓練は形ばかりだったが、乗組員は別の日にボート降ろしの訓練をやっていた。タイタニック号ではボート降ろしに手こずって最後はナイフで綱を切った。父の乗船が戦中に魚雷攻撃で沈没したときボートが下りず、父は海に飛び込み長時間漂流したと言っていた。ボート降ろしが避難訓練中一番大切なのであろう。

('04/10/08)