四人目の踊子

- BS11で山口百恵主演の「伊豆の踊子」を見た。私には田中絹代、美空ひばり、吉永小百合に続く4人目の踊子である。百恵は全盛期を迎えていた。彼女が時間刻みの神風タレントであったため、撮影は文芸作品らしからぬ早取りであったと聞く。だがそうは感じさせぬほど芸達者に踊子が演じられている。映画の出だしに、宿屋玄関の土間だったか板敷きだったかで踊る姿を、一高生の主人公が見ているシーンがあるが、すでになかなかの演技である。彼女は映画界に育った人ではない。映画初演であったのではなかったか。おそらく見れる作品に仕上げたのは、助演陣のサポートと監督のおかげである。監督の西河克己は、この10年ほど前に吉永小百合主演の伊豆の踊子を、このときはじっくり時間をかけて仕上げた。それが生かされたのであろう。大正末期の風俗風習など、百恵に分かっているはずはないと思うとその感はいっそう深い。
- 原作によれば主人公は20歳、踊子は14歳。淡い恋心の清らかにも悲しい結末になっている。文庫本でたった35ページの短編小説である。これだけでは大人の見る映画にならないから、いろいろ脚色が入る。絹代の踊子では山師的鉱山技師の話、ひばりの踊子では飼い殺しの立場に落魄した父親の話などが、それぞれ展開に重要なきっかけになっている。小百合の踊子には同じ康成の「温泉宿C.冬来り」の話が挟んである。娼婦お咲とお清の話だ。お咲は、雇い主が酌婦の鑑とおだてるほどに稼ぎがいい。真似させられるお清はしばしば男に毀され最後は死ぬ。曖昧宿という社会の底辺に生きる彼女らが、あるときはかばい合い、ある時はいがみ合う姿は残酷である。踊子稼業の危うさを分からせるために、他にもいくつかの挿話を仕込んでいる。何しろ大正末期の話だから、温泉地の情景描写がないと、康成の感覚にはなれないと、プロデューサーは考えたのであろう。
- 百恵の踊子が原作に一番忠実なように思う。その分だけあっさりした印象である。原作外の挿話としては、同郷の出稼ぎ君子が出てくる。同い年の同級生であったらしい。小百合の踊子よりは簡素になっているが、同様に「温泉宿」から取っている。「温泉宿」のお清である。死の床にあるのを踊子が偶然に探し当てる。お咲が踊子に、「用心しないといつかはお前さんもこうなるよ」と、小百合の時と同じ台詞を吐く。湯ヶ野の宿で同宿の客と主人公が囲碁を囲む。それは原作どおりなのだが、その同宿の客が踊子を銭でものにしようと掛け合うシーンは創作である。小百合の踊子にも同宿の客の回顧談として出てくる。危ない稼業を説明するにはこの程度でよいと思った。
- 原作には踊子稼業の危うさは、義母の防衛姿勢によって間接的に表現されている。木賃宿同宿人が踊子の肩に触ったのを見咎めて、「こら。その子に触っておくれでないよ。生娘なんだからね」ときつい顔をする。小百合の踊子では浪速千栄子がやった。名演技だった。ひばりの踊子にも取り入れられていた。いっぽう旅芸人に対する差別意識はズバリと言葉で出てくる。天城峠近くの茶屋のばあさんが「あんな者、・・・今夜の宿のあてなんぞございますものか」と侮蔑した言葉を吐く。茶屋内でも書生と旅芸人一行は待遇が違う。婆さん役は浦辺粂子で、抜群の演技であった。いつも思うのだが、爺さん役婆さん役に人を得ると映画もドラマも引き立つ。誰だったか忘れたが、ひばりの踊子での婆さんも見事であった。原作の「旅芸人は入るべからず」の立て札はこの映画にも活用されていた。男尊女卑の社会慣習は、原作では、近路の水飲み場の会話によく出ている。おふくろは書生に「さあお先きにお飲みなさいまし。・・女の後は汚いだろうと思って」という。このシーンはひばりの踊子に忠実に描かれていたが、今回はなかった。
- 音楽的にもっとも成功したのはひばりの踊子だったと思う。主題歌もよかったし、情景にマッチしたバック・ミュージックだったと思う。小百合の主題歌も悪くなかった。百恵のそれは残念ながら曲が悪かった。別れのシーンは監督がもっとも工夫を凝らす場面であろうが、百恵の踊子は平凡で盛り上がりに欠けていた。汽船が近代化してしまって大正期の雰囲気は全くなく、原作にある乗船客のスケッチも省略しているから、突然現代に時間が飛んだちぐはぐな印象になってしまった。エキストラとかチャーターとか制作予算に制限されたのかもしれない。いわば素人の百恵が精一杯の好演を見せただけに、終わりの場面は残念であった。
- さて4作を見て、私の踊子は誰だったかと自問してみた。それぞれに特徴があり選びがたいが、強いてあげるならばひばりである。「天下の険 函谷関も ものならず ・・・」と登校中の子供たちが歌う中を、乗合馬車と自動車が競争してゆくシーンは忘れられない。もう「伊豆の踊子」が映画化されることはあるまい。優れた映像を残してくれた関係者に感謝している。全部で何回映画化されたかは知らないが、4回だけではないはずである。なんとか残りの踊子も見てみたいと思っている。
('04/03/25)