鉄づくり今昔


しばらくご無沙汰していた千葉市青葉の森公園に出掛けてみた。中央博物館では「鉄づくり今昔」展をやっていた。県立の房総風土記の丘、総南博物館、現代産業科学館、中央博物館、上総博物館、安房博物館、美術館、大利根博物館、房総のむら、関宿城博物館の合同企画展だそうだ。川崎製鉄・千葉製鉄所、新日鐵・君津製鉄所のある鉄のメッカ・千葉県だ。いい企画である。
四国にいた頃ドライブで韮山、大山、出雲地方に旅したことがあった。途中三次風土記の丘を見学した。古墳時代後期のたたら場を記憶している。近くで出土した製鉄炉遺跡を移築したものであった。わりと小さな炉で人間一人程度の大きさであったと思う。内壁が高熱のためであろう赤茶けていた。今回の展示によれば、中世あたりから日本の製鉄は中国地方に集中したという。それは不純物Tiの含有量が少ない良質の砂鉄が中国地方に産したからと云う。ビデオ「日刀保たたら」を見たが、砂鉄と木炭を交互に仕込む製鉄法で、現代のように石灰を投入していなかった。
石灰は融剤としてAl2O3やSiO2の不純物を鉄鉱石から分離する役目を持つ。Ti系不純物も石灰と反応してスラグとなるのかどうか知らないが、TiはSiと同じW属だから多分そうだろう。とすれば、融剤を発見できなかったのが日本刀の玉鋼づくりに決定的な品質差となって、中国地方に生産中心を取られた理由なのであろう。こんな説明がしてあると奥深くて面白いのだがと思った。ただ千葉の砂鉄は豊富なために昭和40年代まで採掘が続いたという。外房の長い砂浜と太平洋の荒波は自然の選鉱場を作っていたわけだ。千葉の砂鉄は火山灰が起源で、中国地方のそれは花崗岩起源という。世界大百科事典によると、花崗岩には磁鉄鉱系とチタン鉱系があるが、山陰は前者であった。それが玉鋼に向く山砂鉄を供給できた理由である。
中世後半から、原料を求めて移動する小規模たたら(野たたら)から、交通の便の良い立地に原料を運び込む固定大規模たたら(永代たたら)に進化する。アニメ映画「もののけ姫」は戦国時代を背景にしていたと思う。だから時代の考証は確かだ。あの中に出てくる永代たたらは運命を自然神から人間に取り返す象徴となっていた。ビデオで見た、玉鋼づくりのために現代も継承されている、山陰のたたらは結構大型であった。でもアニメ映画ほどに大きなたたらは近世でもあったとは思えないし、考古学的な証拠もないだろう。女達が踏む巨大なふいごもだから虚構だ。しかし、近世の製錬工学書に何か「もののけ姫」のふいごを思わせる構造が画かれてあって面白かった。
学生の頃富士製鉄広畑製鉄所の高炉を見た。半世紀近く昔である。羽口を開くと溶岩のように流れ出てくる灼熱の融鉄の職場はまさしく男の仕事場と言う印象だった。見学会は学科の教育の一環で全員20名ほどが揃って出掛けたように思う。その頃の連中とは今でも時々顔を合わせる。同窓会が定着しているのである。大分に勤務していた頃学会主催で新日鐵大分製鉄所の高炉を見学した。羽口は見なかった。広い製鉄所の中に人影を殆ど見かけなかった。制御室から集中管理していた。現代のたたらはただただ大きく自動化され、全てが鉄板で覆われていて何がどう動いているのか、目で確かめることはできなかった。土が赤茶けているのがわずかに製鉄所を感じさせた。その後四国で教官になったが、工学系なのにもかかわらず、学生を見学会に引率することは殆ど無かった。引率学生の統制がとれなくなり、見学先に迷惑を掛ける事態がしばしば発生したからだと先任の教官達が云っていた。当時の学生が同窓会を開いたという噂は一度も聞こえてこない。
日本刀が鋼の性能の極致を引き出した製品であることはよく知られている。炭素量0.3%ほどの心金を0.6%ほどの皮金で包み複合構造とするのが基本である。心金は強靱で弾力に富み、皮金は硬い。刃部は刃金を挿む場合もあるようだが、心金を焼き入れにより硬いマルテンサイト構造とすることにより作られる。折れにくく、曲がりにくく、切り味の鋭い日本刀がこのようにして作られる。マルテンサイト構造とするために土置きという操作がある。焼き入れ前に刀身に焼刃土を載せて加熱するが、その厚みを刃部だけ薄くして冷却温度を加減するのである。以上の説明は世界大百科事典からの引用である。
刀剣は実物を美術鑑賞対象として見る機会がある。佐倉の塚本美術館は私の近所では日本刀専門の美術館としてもっともよく知られている。日本刀の製作法についてはテレビでしばしば放映された。今回展示では普通には見られぬ製作途中課程の半製品あるいは模型品を見れたのは良かった。しかしある程度常識のあるものに対して、水準を上げた説明を付けて欲しかった。歴博の特別企画展「歴史を探るサイエンス」でも感じたことだけれど、展示を低い方へ低い方へ合わせようとする傾向が強いのはなぜだろう。説明文の中に二つ三つと分からない概念にぶつかって、次の勉強への意欲が湧くのではないだろうか。テレビの視聴率のように、見学者数に拘りすぎているのではないか。
博物館出口に「4月から入場料を有料にします」という張り紙が出されていた。周辺の都立・県立博物館が軒並み有料の中でただ一つ無料、ユニークな常設展示、おまけに解説員が親切に疑問に答えてくれる博物館として、私は千葉県立の博物館を「立派」と思っていた。世知辛いことである。

('04/02/08)