雪見の旅

- 昨年列車に乗るだけの旅をして、車窓の風景の移ろいを一日楽しんだ。味を占めたわけではないが、忙しい旅とは違った感覚が新鮮であったので、2回目の計画を実行した。越後湯沢雪見の旅である。スケジュールは、行きが千葉発快速10:02、東京着10:41、東京発たにがわ439号11:00、高崎着11:57、高崎発12:18、水上着13:19、水上発13:35、越後湯沢着14:09で、戻りは越後湯沢発15:05、水上着15:44、水上発15:55、高崎着16:55、高崎発MAXとき326号17:13、東京着18:04、東京発快速18:26、千葉着19:11である。ジパング倶楽部の御蔭で8800円の交通費である。実際も予定通りの旅になった。家を発ったのが9時半頃戻ったのが19時半ごろ。だから約10時間の旅で、殆どを車中で過ごした。
- 切符は天気予報を確かめた上で前日に買った。寒冷前線が大雪をもたらしたあとで、しかもその次の日も雪の予報であったから、久しく見ていない雪降る景色を堪能できると確信していた。しかし当てが外れた。雪降る景色には会えなかったのである。越後湯沢を離れる頃に、申し訳程度に粉雪が舞い始めたのを見ただけである。Yahooの天気予報は地域別に詳しく出ているが、あまり当てには出来ない。裏切られたのはこれで二度目である。確か最後に見た予報では、水上ですでに降雪確率80%であった。実際は関東平野は呆れるばかりの晴天で、越後湯沢は曇りがちではあったが時折に青空が見えた。積雪は上越線下りの最初のトンネルを出た上牧駅あたりから見られるようになった。
- 上牧は「かみもく」と読む。尋常ではない読みである。九州で原を「ばる」と読むがごとしか。地図を見ると、ほかにも下牧(しももく)、古馬牧(こめまき)など牧のつく集落があって、かっては牧場地帯であったことを示唆する。真田太平記では、北条側が真田の出城・名胡桃城を落とすが、それは秀吉の謀略で北条征伐の大義名分になる。その名胡桃城跡が近くにある。幸村の兄・信幸の居城となった沼田城はこの南にある。榛名山、赤城山、谷川岳に囲まれた真田の三角地帯は山国そのものである。それに本領の信濃上田からは険しい山道でしか繋がっていない。地理的にも戦国の真田氏は絵になる存在である。
- 上越線ではなぜか新潟方面に直行できない。どの列車も水上で乗り換えである。水上の次の湯桧曽(ゆびそ)の下りホームはトンネル内の地下だ。誰も降りない。化粧タイルや広告板など一切無いコンクリート地肌むき出しの質素な駅風景が気に入った。新清水トンネルを出ると土合(どあい)だが、すぐ次の土樽(つちたる)までまたまた長いトンネルである。古い方の清水トンネルを上り電車が使っている。上下線がこんなに離れて敷いてある場所はそう多くはないだろう。清水トンネルは昭和6年に開通した。川端康成の雪国の冒頭にある有名なトンネルはこのトンネルだろうから、あの作品は昭和初期の私が生まれた頃の風景であったのだろう。
- 土樽あたりからスキー場が見え始め、次の越後中里では車窓から間近に滑る人を観察できた。雪は駅付近で1-2mほどに積もっていた。月曜日であったからかスキー場は混雑していなかった。電車のスキー客はゼロであった。もっとも普通のスキー客は新幹線で来るだろうから居ないのが当然かもしれない。それにスキー板は宅配便任せで、本人は体だけで来るのかもしれない。スノーボードで滑走してくる客も結構多い。スノーボードで滑っている姿を見るのは実は初めてなのだ。もう半世紀以上昔の戦中だったが、スキー板を担いで父が比叡山のスキー場に出掛けていったことを記憶しているから、スキーには馴染みがあったが、スノーボードは身近に見た試しがないのである。越後湯沢あたりはもう俗化が進んでいるが、越後中里や次の岩原スキー場前の風景はまだのどかな田園の気分を残している。もし泊まるとすればこの附近がいい。電車のドアは手で開ける方式になっている。室内の温度を下げないため全ドアを駅毎に開閉する都会方式は客の少ないこの地では不必要なのだ。長野の小海線も似たようなシステムだったことを思い出した。
- 越後湯沢に降り立ってまず芸者・駒子の人形が目に入った。「雪国」は映画でTVドラマであるいは舞台でと数々演じられた。だが私は結局映画の中の岩下志麻の駒子しか見なかった。正確には思い出せないが、映画の中では湯沢の芸者は雪の降る頃ではあんな風なもんぺ(と言うのかどうか知らないが)姿であった。顔かたちはむしろ葉子をやった加賀まりこの方に似ていた。駅の東側を少し歩いてみた。金物屋の店先には様々な雪かき道具が並んでいた。道路の雪かきはしてあるが、所々シャーベット状の雪が残っていて渡るときには幾分緊張する。自動車にはチェーンなんて巻いてない。人を殆ど見かけなかった。駅の西側も見たが、昔の温泉宿は映画で見た雰囲気だったらこちらの方だ。映画では田舎道が家々を繋いでいたように思う。しかし今は街は現代化して「雪国」の雰囲気は何処にもない。
- 新幹線の駅はどうしてこんなに立派な駅舎にするのだろうと思う。そこは今がシーズンなのに客数より店の数の方が多い。店で売っている土産物は何処もかわり映えしない。値段もメーカーも同じである。笹団子が目に付いた。笹の葉4枚であん入りの蓬餅をくるんである。笹の香りがいい。この笹団子は1個110円である。5個買ってビニールの袋に入れて貰ったら580円取られた。550円ではないかと言ったら30円は袋代だという。市指定のゴミ袋(3円強/枚)と違っている点は小さくて笹団子の印刷がしてあるだけだ(投書を頂いたので論拠に数字を入れました)。原価は多分1円/枚ぐらいの品である。こういう商売の仕方は私は嫌いである。改札の反対側に大きな銭湯があった。多分温泉であろう。人が出入りする気配はなかった。プラットホーム側から入る駅風呂が中央本線上諏訪駅にあることは知っているが、駅舎内の風呂は初めて見た。
('04/01/29)