晩春

- 昭和24年の白黒の小津作品である。NHKの小津安二郎生誕100年記念放映のとき録画して置いた。伝説の美女・原節子が笠智衆演じる大学教授の娘で出てくる。小津映画初出演だそうだ。父(56歳)との二人暮らしで、もう27歳になっているのに、結婚に踏み切れない。当時の最適齢期は多分20-24位だったと思う。父を1人にしておけない。「秋刀魚の味」もその点では同じ設定であった。最近は母と娘が姉妹のように行動する姿をよく見かけるが、当時は父と娘であったようだ。笠智衆は当時の実年齢から考えたら、遙かに老け役であるのに、枯れた教授像を見事に出している。役の名が周吉で「東京物語」と同じである。「東京物語」の方が後の作品だが、小津作品ではしばしば同じ名前が登場する。終始一貫して家族をテーマにするぞと宣言しているように感じる。小津映画お馴染みの女優たちが顔を出す。三宅邦子が笠智衆の後妻候補の未亡人、杉村春子が笠の世話焼きの妹、高橋豊子が留守番役。個性は違うが皆善人である。そこがいい。
- 日本の家族制度は、この映画が舞台となったあたりから、音を立てて崩れる。次の年の小津作品「宗方姉妹」ではもう生き方の違う姉妹が出てくる。そんな意味では、旧感覚での望ましい家族のイメージに対する貴重な証言である。父の再婚を、娘は不潔という感覚で捉える。この言葉は、不快感のある男女関係を表現する言葉としてはもう死語になっている。これは私も忘れかけていた。三十路前にもなってまだ処女でいると、不潔と女性間で囁かれるようになるのはこの映画よりずっと後の話である。こちらは憶えていた。10年経ったら意味が逆転していたのである。さて再婚話が聞こえるようになってから、父と娘の関係がぎくしゃくしだし、娘の表情から笑みが消える。娘はお見合いを承知し、結婚する。新婚旅行に送り出した父は、自分の再婚話は実は擬装で、そうとでも云わなければ、娘が結婚に踏み切れないからだと云う。結婚前の父と娘のつましい記念旅行の夜に、父が亡母を引き合いに出し、「幸福は新家庭で自らつかみ取れ」と娘を諭す。家長の責任のなんとも重かった時代であった。
- 親子の観世流「杜若」舞台観劇が長々と続く。向こうに父の再婚話の相手が見える。地謡ははっきりとは意味が掴めないが、男女の機微を謡っている。娘の潔癖感が気配を感じる。全員が畳に座って観ている。雰囲気は高雅である。私は能を畳で見た憶えは一度もない。やっぱり時代だなあと思った。能を観る観客の視線は低い。小津の低いカメラ位置は能にはピッタリである。別のシーンでは茶会に大勢の美女が畳に座っている。ここは小津ならずともカメラを低くしたであろう。してみると小津の金看板・低いカメラ位置は日本文化のなせる業か。色々彼の映画を思い出してみてみると、会社や官庁の仕事場以外は、殆どが日本家屋の中で撮られている。でも西洋文化も顔を出す。巖本真理提琴演奏会が話題に出てくる。懐かしい名である。彼女は当時の第一人者であった。ヴァイオリンを提琴と書いていた。
- 古い日本映画を見る楽しみの一つは、現在を知っている風景の過去の姿である。教授の住まいは北鎌倉である。この映像の雰囲気を残す住宅群が今も局所的には残っているのを知っている。七里ヶ浜の海岸にはボート1艘浮いていない。道路を行く車もない。一帯は砂原で、今日の七里ヶ浜とはだいぶ様相が違う。米兵の姿は1人も出てこないが、英語の道路標識とコカコーラの立て札が占領下にあることを示している。神社仏閣はさすがに変わらない。鶴岡八幡宮と京都の清水寺が出てくる。修学旅行の女生徒は皆セーラー服である。旧国鉄の湘南電車は数輌連結で、列車に快速とか鈍行の区別はなかったようだ。その内の1輌はどうも二等車輌らしい。メタメタには混んでいなかった。教授は普通車輌に乗っている。戦後間もなしの昔でも今云うグリーン車を繋いでいたのかと妙なところで感心した。
('03/12/21)