秋刀魚の味


映画監督・小津安二郎生誕100年記念で、NHK BSが次々と彼の監督作品を放映した。私は「彼岸花」('58)、「秋刀魚の味」('62)、「東京物語」('53)をこの順序で見た。振り返ってみると今日までに上記を含めて小津作品をいろいろ見ている。見た回数では「お早よう」('59)が断然多い。コメディー・タッチで、父親が壮年の働き盛りである家庭を、明るく健康的に描いているから安心して見れるのである。子供が結構大切な役割を担っている点で、上記3作とは異質である。その次ぎに回数が多いのは、今回も見た名作の誉れ高い「東京物語」であろう。以下は小津作品を、「秋刀魚の味」を中心に、私なりに料理した閑話である。
「秋刀魚の味」にも三宅邦子が主婦母親役で出てくる。小津作品には出演回数の多い女優だ。一番多いのではないか。「東京物語」で下の男の子を叱っている。勇、お父さんに言いつけるわよ、こわいわよ。「お早よう」でも三宅のそっくりのシーンがある。同じように男の子2人の家庭で、下の子の勇という名まで同じである。これは一例だが、小津組というのだろうか、主要な配役がかなり重複する上に、俳優の役割も類似し、劇中の人名まで同じ、物語は一貫して尽きない親子関係の話題となると、少し時間が経つとどの映画の場面だったか間違えそうになる場合が多い。それでも人間の記憶は良くしたもので、白黒とカラーの差があると割と区別して思い出せる。しかし例えば上記の「彼岸花」と「秋刀魚の味」では、共にカラーである上に、互いに似通った物語が多い小津作品の中でも一段と似通っているので、この文を書いている間も怪しくなってくるのである。
脇役が受け持つ挿話はだから一段と重要である。「秋刀魚の味」では要のところを東野英治郎と杉村春子が受け持っていた。絶妙の演技である。東野は裏町のラーメン屋の主人、杉村は彼の娘で店を手伝っている。二人はときには卑屈を感じさせるほどにラーメン屋に成りきっている。東野は実は笠智衆演じる主人公の中学校における恩師で、漢文の先生であった。あの頃は年金など当てにはならなかったから、定年後20-30年も経てば、扶養して貰えぬ人は仕事を持たざるを得なかった。「東京物語」の主人公は地方公務員をそこそこの地位まで昇って引退した。まずは標準以上の生活ができる人だが、その妻は上京したとき戦争未亡人になった次男の嫁に小遣いを貰っている。今、政界では高齢者控除を止めるとか云って騒いでいるが、昔に比べれば現代の高齢者はなんと恵まれていることかと思う。
東野は娘を便利に使いすぎたと後悔している。妻を亡くしたのが祟った。生徒にも人気が高かった彼女は結局嫁に行かなかった。時代も悪かった。この後悔の告白が同じく妻を亡くし、娘(岩下志麻)に家事を負んぶしている主人公に重くのしかかる。映画の本題である。笠は60歳手前の設定と思える。会社の重要な役職に就いている。嫁に出したその晩に、今は主の去った二階の部屋を笠が見上げるラストシーンは老いの寂しさを訴えて見事である。
戦後10数年頃の風景だが、まだ戦争の影が残っている。笠智衆がたまたま出会った昔の部下・加東大介とトリスバーで歌う軍艦マーチは、生死を共にした男達の挽歌である。笠は戦中は駆逐艦艦長であった。だが別の日、笠だけが飲んでいるときにかかった軍艦マーチは、別席の若い酔客達にはうけない。さりげなく時間の進行を教えている。中村伸郎、北竜二が親友として出てくる。この時代の親友とは、家の内情まで打ち明け合って、後妻の世話から娘の見合い相手の世話まで、現代では親兄弟親類もおよばないような付き合いである。現実にはどうであっただろうか。私の周辺の記憶を辿ると、親の世代だってあそこまではやらなかったという意味では、多分につくりものという印象である。しかし偉くなっても付き合う時間はあった。現代と非常に違う点である。
長男夫婦を佐田啓二と岡田茉莉子がやる。私は彼ら子供達と同じ年層であるから、彼らの生活背景は記憶とダブる場合が多い。共働き、平等に近づいている男女の権利、えらく狭い和室のアパート、ビル屋上のゴルフ練習場と中古のクラブもなかなか買えないサラリー。妻が買いたい冷蔵庫に掃除機。親との会話に使われるしっかりした敬語。まだ兄弟に残る年齢の秩序。
「秋刀魚の味」では徹底してカメラアングルが固定されている。しかも低い。小津作品の特徴として、よく知られている事実であるが、これまでの作品ではこうも徹底していなかったと思う。「東京物語」では最初と最後のシーンに同一アングルがあると分かる場面があるが、他ではそんなに気にならない。だがこの作品では、廊下から撮った自宅の玄関と居間、岸田今日子がマダムのトリスバー外景、道に突き出た東野の店の看板、高橋とよが女将の料理屋室内など、繰り返し繰り返し全く同じ角度で出てくる。平和な人生なんてこんな(に退屈な)もんだよと云っているようである。

('03/12/15)