旧富豪邸庭園

- 「大英博物館の至宝展」を見ようと週日に東京都美術館に出掛けたが、入場までに2時間という行列の長さにびっくりして取り止め、たまたま公園で見た立て看板に釣られて、旧岩崎邸庭園を散歩することとした。看板には、洋館が改修成って内部が見学できると謳ってあった。
- 不忍池西隣の旧岩崎邸は越後高田藩江戸屋敷のあった場所という。元々は15千坪もあったというが、今は1/3の5千坪そこそこである。建物としては洋館と和館の一部、それから撞球(どうきゅう、ビリヤード)室が残っている。和館は寺社建築を多く見ている目にはそれほど立派には映らない。洋館は2階建て木造で、天井の高い太い柱の重厚な建築だ。金唐革紙の壁面や寄せ木細工の床面にイスラム風模様のタイルのベランダなど、入念すぎるほどの室内装飾は、木造でなければヨーロッパ近世の宮殿建築といった雰囲気で、ちょっと私にはゴテゴテしすぎと言った感じを与える。公的空間として使われたようだ。ベランダが上下階ともついている。以前に見学した2階建て木造洋館を色々思い浮かべてみた。記憶は呆れるほど不正確である。ベランダ付きは色々あったように思うが、殆ど部分的で、全面がたしかにそうであったと思うものは、グラバー園の最上部にある旧三菱第二ドックハウスだけである。今年の長崎くんちのときに見物した。でもこの家は実用的な宿泊設備で文化資産としては比べようもない。あとで継ぎ足したサンルームが雰囲気を和らげる場所である。弘前の藤田記念庭園の洋館にもサンルームがあって、喫茶店になっていたのを思い出した。
- 庭園は建物の南に広がる。前面が芝庭で奥を日本風に作っている。大名屋敷であったときは池になっていた場所らしい。元の敷地は起伏のある場所で、庭は表門に向かって降って行くようになっていた。パンフレット「緑と水のひろば」(公園NEWS 32)に岩崎邸庭園築庭時代の旧景がCGで再現されてあった。失った景観を惜しいと思う。今の庭園は中途半端である。この岩崎本邸は国有化を経て東京都の管理下に置かれるようになった。どういう理由で戦後に国有化されたかは知らない。財閥解体に伴う処置であることは間違いない。三菱に比べれば取るに足らぬ存在であった渋沢家も、戦後財産税として豪邸を物納した。いま古牧温泉渋沢公園に移築されている。ついでながら六義園と清澄庭園は岩崎家から戦前に東京に寄贈された。東京は三菱に随分と恩恵を被っている。
- 池之端に科学技術振興機構(JST)東京展示室があったので立ち寄ってみた。たったの1室だったが、成果を色々並べていた。たまたまそこにいた職員らしいオッチャンは小柴先生のノーベル賞に繋がった大型光電倍増管が昨今のヒットだと言った。上野から京浜東北線で上中里に行く。旧古川庭園を鑑賞するためである。ここは元大名屋敷ではなく明治の元勲・陸奥宗光の別邸が始まりである。英国貴族の館を思わせる黒味がかった石造りの洋館は離れれば離れるほど周囲の洋風庭園とよく溶け合う。奇しくもこの洋館と洋風庭園の設計は岩崎邸と同じジョサイア・コンドルであった。彼はこよなく日本を愛し、日本人妻を迎え日本で死去したと説明文に出ていた。大正初期の庭園というから彼の後期の作品らしい。建物がゴテゴテしないのがいい。
- 洋風庭園はそれほど魅力的ではないが、素晴らしいのは奥まった低地にある日本庭園である。京都の庭師の作品という。起伏を巧みに活かして池を樹木や茶室で取り囲んでいる。今は秋だからモミジやハゼノキの紅葉、イイギリ、イチョウなどの黄葉が常緑樹の緑の中に映える。四季それぞれに配慮した樹木があるという。庭の手入れが行き届いているのはなによりだ。地方寺院の話だが、ガイドブックに庭がいいと書かれていても、手入れが駄目なために興醒めであった思いをしばしばしているから、大いに気をよくした次第。昔の敷地面積を保っているらしく旧岩崎邸のような不満足感はない。9400坪ぐらい。
- 岩崎家も渋沢家も古川家も立派な文化資産を残してくれた。住友コレクションを展示する京都の泉屋博古館を見学したときも、財が平等に分配され、集中しない社会だったら、文化は伸びないし豊かにならないと思わされた。戦後、財閥のマイナス面を強調追求する論文記事は幾つもあったが、財閥の文化面でのプラスの貢献を纏めた冊子は見た憶えがない。さらに近年の億万長者はどんな文化貢献をしているのか、どなたかそれこそ有識者に纏めて検証して欲しいと思う。
- 近所に次々に建つマンションは、一戸一戸の専有面積は大きく、当然かも知れないが、住居内は非常に機能的で羨ましい限りである。しかし、庭と云えるほどの造作はさっぱり見当たらない。空地に植わった樹木も単純で、心に潤いを与える配慮など殆ど感じない。公園があるからいいと云うことだろうか。対照的に、私が今住むマンションは築後20何年を経た古い建物で、新しい建築法に合わない部分もあれば傷みもあちこちに見付かるボロい共同住宅群の一つであるにもかかわらず、狭い戸々に不相応な大きな庭がついている。池、小川、滝、丘、サイクリング・ロード、樹木群など一応揃っている。勿論それは共同管理である。我々のような庶民の住宅でも、建物と庭がワン・セットになっていて、互いに切っても切れない関係にあった時代はついこの間まで続いていたのだ。庭についても文化の流れがここに来てチョン切れようとしている。
('03/12/11)