自然の驚異


NHKが夏休みに合わせて自然の驚異を解明する番組を次々に放映している。「南極大紀行 第1集 氷の大地 生命あふれる海、第2集 知られざる巨大氷床に挑む」「ほ乳類・大自然の物語(10回シリーズ) 第1集 勝者のデザイン、第2集 昆虫ハンター、第3集 植物との闘い、第4集 鋭い歯を武器に、第5集 狩りの名手たち、第6集 雑食でサバイバル(あと第7集 水中を住みかに、第8集 木の上のアスリート、第9集 群れのルール、第10集 (最終回)サルからヒトへと続く)」は見応えある映像であった。この歳だから数多く見てきたし読みもしたはずだが、不思議は無限と思わざるを得なかった。
ことに南極大陸はナレーションの云うとおり最後の秘境で、最近は日本でもこの大陸を訪れるクルージングが旅行会社や船会社で再々企画されているほどである。その他「生きもの地球紀行」「地球・ふしぎ大自然」「地球に好奇心」など、再放送ものを入れると幾つも自然への興味を呼び込む番組がある。まずは「なぜ」と思わずにおれない番組で青少年の心を掴もうとする試みに、私は無条件に賛同する。昔日本が世界のIT産業を牛耳った頃、やはりNHKから「電子立国日本」という番組が放映され、それなりに面白かったがちょっと難しかった。専門がづれると理系でもこうなので、やっぱり啓発番組は自然対象がいい。
南極に、溶岩をお釜にたたえた火山がある。マグマの地下に広がる裾野は深く広い。南極大陸がゴンドワナ大陸から分離孤立した一成因が、この手の火山群の連携作用であると説く。孤立大陸の周囲には周南極海流が流れ、暴風圏を作り、内部を極寒地とすることで前世紀まで人間の目から大陸を隔離していた。私も南極にでかけてみたいとは思うが、暴風圏の船酔いを想像すると、とてもじゃないが参加の勇気が湧かない。暴風圏を往来できる動物は鯨を初めとする大型海獣だけという。陸上生物は住めないが海中生物は結構繁殖している。ここもオーストラリアのように他世界とは離れて独自に進化した生物群で埋まっているのだろうか。だが、紹介された無殻類の巻き貝は色こそ違え北海道で見たクリオネと同類で食い物も同種だそうだ。なぜ無縁のオーツク海と同じ生物が生息するのかまだ分かっていないと云う。
英国隊にはスコット以来1世紀にわたる南極観測の歴史がある。スコットは探検隊に科学者を多数同伴したという。彼らが調査しているロンネ棚氷の話は初耳であった。南極半島が伸びる付け根の部分に大きな湾があり、海岸部は大陸から流れ込んだ氷の棚が張り出している。張り出し部は700kmに及び、氷の厚みは先端で250mもある。氷の下には大きな海流が流れている。2.3億トン/分と言ったように思う。そこは冷凍機械のようなもので、入ってくる海流は-1.9℃だが出て行く海流は-2.3℃で重く冷たい。その海流は南極底層流と言い、海底を這うように太平洋及びインド洋に向かう。両洋の海温が熱帯でもそう高くならないのはこの冷たい底層流の御蔭である。北大西洋起源の大底層流が世界の微妙な気候のバランスを保っていることは、以前にやはりNHKの番組で見たことがあるが、南極底層流の話ははじめて聞いた。
南極高原は山脈を自然のダムにした氷の貯蔵庫である。深さは平均して2000mに達するという。北極圏ではグリーンランドの氷床が有名だ。同じぐらい厚い氷床のために地盤が歪みを受けていると聞いたことがある。しかし規模が違う。グリーンランドの氷床が全部溶けると海面は7m上昇するという。今注目されている南極半島領域はそこだけで海面を5-6m引き揚げる氷量を持つという。南極に降った雪は氷となって万年単位の時間を掛けて海に押し出される。低い山稜部から溢れ出した氷は氷河になって海に注ぐが、海に張り出した棚氷が流出速度を抑えている。南極半島先端の棚氷が近年氷山化して消失した。理由は半世紀に2.5℃海温が上昇したためとされている。氷河流速の加速が心配されている。幸い大棚氷のロンネ棚氷には異常はないそうだ。氷河が流れ下る機構の説明も新鮮であった。2500mにも及ぶ氷の厚みによって基盤岩と接する底氷は液化する。そのため氷河の底は泥状になり氷の流動を容易にすると云う。
ほ乳類・大自然の物語は放映進行中である。種の保存繁栄と言う視点による、視野の広い解説が新たな感興を呼び覚ました。基本的には温血動物であるがために、熱帯域から寒冷域まで四季にわたって活動できる有利さが陸上動物の覇者にさせたようだ。そのかわり体温維持のために生涯をエサあさりに費やさねばならぬ。あるいはエネルギーを節約する方法を身につけねばならぬ。体温の低い、と言っても32℃だが、ナマケモノが間近に人間が接近しても哀れなほどノロノロと退避する。エネルギー節約に体温を下げたのはよいが、体内の化学反応速度も下がってしまったのである。アルプスのネズミが冬眠するときは体温を2-3℃としてエネルギーの浪費を抑える。
はじめて聞く話も色々あった。原始ほ乳類は卵生で、まだ乳首が発達せず、母乳を皮膚から滲み出させて与える。アフリカ原野での草食動物と肉食動物のせめぎ合いはしばしば映像化された材題であるが、植物と草食動物のせめぎ合いは、過去において、纏まった形で見せてくれたことがなかったと思う。有毒植物に毒殺されぬために、種類を代えて少しづつまんべんに食べる動物がいる話も面白かった。致死量を知っているのだ。
一番の見ものは第4集の齧歯類であった。哺乳類の中でも目立って繁盛している種類である。ネズミ、リス、ハムスター、ビーバー。ムササビにヤマアラシ。猿の歯では読んで字の通り歯が立たぬ堅い実も齧歯類は容易にエサに出来る。博物館に行くと縄文人の歯が並べてある。ドングリを常食にしていた地方もあった。年齢と共に磨り減って使えなくなって行く。彼らの寿命が驚くほど低いのはそれも理由の一つだ。ところが齧歯類では前歯は成長を止めない。いつも真っ新である。彼らの歯は上前歯が下前歯と鋏の上下刃の関係にある。歯は前面が硬いエナメル質、後面が柔らかい象牙質だから、上前歯は下前歯によっていつも研ぎ上げられている。だから何でも噛み砕けるのだ。齧歯類は小さくおまけに強力な武器を持たない。せいぜいヤマアラシが針で武装している程度である。ビーバーはダムを造って水を堰き止め、その人工(ビーバー工)池の主になることで身を守っている。ダム中のわが家には侵入されにくいし、水路を伝った行動では肉食獣に襲われにくい。
若者の理工系離れが社会に認識されるようになった。7/27の読売には、総務省の情報通信ソフト懇談会の試算として、IT人材不足が42万人に達するとした。特に、コンピューターシステムそのものの問題点に対処できる高度な能力を持った人材の不足が深刻だと指摘している。昔は不況期ほど就職率がいい理工系学科の人気が高かったのになぜだろう。
毎日新聞の理系白書シリーズは時期を心得た良い企画であった。日本は文系天国で、理系では手柄を立てても終身雇用程度のご褒美しかでないと言うのも当たっていよう。技術は日進月歩でどんどん特化しそれがさらに奥深くなるから、専門家として立つときは勉強に勉強を重ねねばならぬ。技術の応用性はそう広いものではない。ところがその技術が終生社会に役立つとも限らない。社会のニーズが無くなれば陸に上がった河童同然になってしまう。
技術屋の仕事は文系に比べればどれもたいていはダサイ3K(きつい、きたない、きけん)ものに入りそうだ。南極大紀行を見ていて心配になった。氷棚や氷河の研究隊は測定準備から観測まで重労働の連続である。雪を溶かしたお湯のシャワーを週1回バケツで浴びるのが唯一の贅沢だなんて聞いたら、とたんに科学指向は鈍ってしまうのではないか。親からの独立を厳しく要求される雰囲気もなくなったし、フリ−ターでも食える程度は稼げる。日本は先進国入りして久しいから、これから国家をどうしようという使命感も特に漂っていない。それなら稼ぎにはもっとも効率の良い道で勉強し、一番の精力を人生の享楽追求にあてて当然ではないかというのも当たっていよう。
しかし、と思う。自分の進路を功利的打算だけで決めるだろうか。私は小学生の頃戦前刊行の「自然の驚異」という画報を見た。この本は私が理系進学を志した動機の何%かになっていたように思う。一番の動機は未知の世界の魅力であった。NHKが次々と世の「不思議」を紹介して若年者の心に訴えている事業を礼賛したい。

('03/07/29)