利尻・礼文クルーズU


船に乗るときいつも亡父を思い浮かべる。亡父は戦中に、台湾沖で米潜水艦の魚雷に撃沈された商船に乗客として乗っていた。船は一等より上に乗れと云うのがそれ以降の口癖であった。彼は私鉄の社員であったことがあった。電車は最先端と最後尾には乗るなと言うのも子供達への教訓であった。これらの遺言は残念ながら守られていない。亡父の時代に比べれれば、科学の進歩と半恒久的に続く平和が、乗り物を格段に安全にしたからである。
さて利尻、礼文。このあたりは日中でも18度程度で、風があると半袖では肌寒い。関東より10℃は低い。利尻の旅は「利尻・礼文クルーズ」記載の通り順調だった。次の日の朝食時には既に礼文島南端の香深港の沖に停泊していたが、波が2mはあって、年寄りがテンダーボートに乗り移るには危険なためであろう、上陸は中止になった。低気圧による南方からのうねりのようだった。飛鳥は様子見の為に礼文島の周りを反時計回りに動き出した。北端の船泊港で上陸可能になった。うねりが島に遮られるからだろう。予定の集合時間は9:50であったが、どんどん遅れて昼になり、ついに昼食を船内でとる事になった。ツァーに予定の島のウニ丼は、旅行の一つの目的だったから消えたのは残念であった。
船泊港は建物がいくつか見えるだけで人影などまったく無い寂しい場所であった。町長さんにお目にかかる。初寄港とかで歓迎挨拶に見えたとあとで聞いた。気さくな方で色々気軽に答えてくれた。昔は船泊港にもフェリーボートがきたが、水深が浅いので、フェリーが大形化してからは来なくなったという。今では飛行機が来なくなった礼文空港の話は食事の時に聞いた。後日の6/28読売夕刊一面は、能登空港が7月7日開港だがその採算見通しが暗いことを告げていた。町長の飛鳥歓迎を見ても、地域振興に観光事業を目玉にしたい地元の意気込みは感じるが、観光振興イコール公共投資が、地元ばかりか国の負担を増すばかりであると言う一般公式も既に明確である。3年前の歴博企画展で見た船泊や浜中の縄文遺跡の話を聞いてみた。遺物は保存したままでまだ資料館が出来ていないといった。彼のおかげかどうか知らないが、港も時間も予定から外れてバスの手当が出来なくなった穴埋めを、町役場と教育委員会のマイクロバス2台がやってくれる事になった。
我々はスコトン岬に案内された。岬近くを案内人にゆっくり花を教わりながら30分ほど歩いた。レブンシオガマ、レブンキンバイソウ、タカネナデシコ、イブキトラノオ、エゾスカシユリ、ミヤマキンポウゲ、レブンハナシノブ、レブンコザクラ、ミヤマオダマキ、ヨツバシオガマ、チシマフウロ、エゾスカシユリ、エゾカンゾウ、カラフトゲンゲ、エゾカワラナデシコ、エゾニュウ、エゾノシシウド、オオハナウド、オオカサモチ、ハマナス、オオダイコンソウなどがあったと思う。宮本誠一郎、杣田美野里共著「礼文−花の島、花の道−」、北海道新聞、'01や配布された礼文町役場の大きなパンフレットを見返しての結論である。利尻よりずっと花の種類が多い。ルピナスは民家の近くに群生していた。昔は古里をすこし離れると人も言葉も建造物も異質になり旅気分に浸れたが、今は均質化が進んで人の営みから旅を感じる場合は少ない。だからか、近頃は余計に自然景観の相違に目が移る。植物相の変化は私に旅気分を味わせる重要な要素である。
スコトン岬には駐車場と土産物店に便所などがある。次々観光バスが入ってくる。夏のシーズンになったら交通渋滞を起こすのではないかと思えるほどの数だった。売店のさらに先に展望台があって、そこまで行くと岩と岩の猫の額ほどの隙間に民宿が1軒建っているのが目に付く。利尻も礼文も国立公園であるが、ほかの国立公園に比べて相応しからぬ人工物が多いように思う。展望台からトド島を観察した。礼文ともども樹木の少ない島である。一面が熊笹のような笹で覆われている。シロツメグサ、アカツメクサは牧草として渡ってきたと聞いた。
港でウニ丼の仕出しを受け、寒風の中、積石の上でいただく。昼飯で食えなかった分を回してくれたのだろうか。これもハプニングの一つだった。ウニ丼は酢飯を使うとはその時始めて知った。取りたてのウニを載せている。残り物に福ありで、我々の丼はウニで埋まっていた。ホテルではチョッピリ載せて3500円取るのだそうだ。これで食い物の恨みは綺麗さっぱり消えた。最後のテンダーボートで本船に帰った。波は穏やかになり天気も回復した。16時キッチリにこれは予定通り出航した。
私が外国船には気乗りがしない最大の理由は大風呂がないことである。いつものように、展望浴場にひたりながら、ゆったり時間が過ぎて行くのを楽しむ。これが私の至福の時である。ビンゴー、ホースレース、シャッフルボード、ペタンク、クイズ、スカットボール、ダーツ、ストレッチ体操、ダンス教室、カジノ教室、手芸。航行中に我々が顔を出したエンターテイメントの数々である。スカットボールとはゲートボールとパターゴルフの合いの子のような遊びで、この船ではゲームとしてニューフェースだったと思う。他にも色々準備されていて、追っかけるのに忙しい人もいる。今回の航海では特製バッグや御殿鞠などそこそこに賞品を貰った。ダーツで入賞したのは始めてであった。下船の時に賞品を見せびらかしながら、見送りの乗組員と挨拶を交わすのが我々の習わしになっている。
船内講演「フラワートークショー」では礼文の草花の写真をたくさんスライドでみせてくれた。演者・宮本誠一郎氏は千葉出身の写真家で今はこの地に移住している。先に引用した写真集の共著者である。シアターでは映画「釣りバカ日記13 ハマちゃん危機一髪!」を見た。客演に鈴木京香、丹波哲郎が出ていた。このシリーズでは出来の良い方だった。この船、飛鳥、は売店に数多くのオリジナル・グッズを揃えているので、旅行土産に都合がいい。

('03/07/04)