利尻・礼文クルーズ

- 利尻・礼文を花の季節に訪れる。それもそこだけのクルーズで訪れる。一度こんな旅をしてみたいと思っていた。本州は梅雨空だからどんなにか印象深いことだろう。船は飛鳥。この船は世界一周から戻ったばかりだった。中東不穏で100名からのキャンセルやら寄港地変更やらで散々だったらしい。乗客総数が乗組員総数を下回ったそうである。以前、そんな南西諸島クルーズに乗り合わせたことがあった。船客になるならこんな時が一番お得である。一周に参加した人たちを羨ましく思った。クルーズを終えてから気になって今年の晩秋の南西諸島クルーズを聞いてみた。SARS騒ぎで台湾寄港が取りやめになり、日程も変更されるらしい。今回クルーズの乗客数は500名弱で、ほぼ満員だった。
- 飛鳥に限らずクルーズ船の乗組員は国際色豊かである。多いのはフィリッピン人で、甲板員、食堂給仕人、客室スチュワディスなどの殆どを占める。6/29のNHKスペシアル「地球市場・富の攻防 第6回 人材供給大陸 〜インド&アフリカ〜」では、インドからはバックオフィス・オペレータ、アフリカからは看護師という、英語圏ホワイトカラー労働者に対する脅威が纏められていた。なかなか興味ある映像であった。その中にフィリッピンの出稼ぎが労働人口の20%に達する話があった。インドネシア大統領が来日して小泉さんと会談したとき、確か海外出稼ぎの話が持ち出されていた。インドネシアの場合はイスラム教徒である点が、日本のような異教の受け入れ側にとっては難点になるだろう。
- 船は港に入れない。大きすぎるのである。浮き桟橋を船腹に横付けして、そこからテンダーボートに乗り移り利尻島鴛泊港に上陸する。一段高い運転席真横に陣取る。見晴らしはよいが、大きく揺れた。10分ほどで港に着いた。観光バスには時間があったので20分ほど歩いて利尻富士温泉へ。町立の近代的な新しい温泉会館であった。入浴者は数えるほどしかおらなかった。脇に高山植物展示場があった。リシリ、レブン、チシマとかカラフトとかを頭に付けた花が多い。一番多いのはエゾが付く花だろう。今は花時。どれもこれもよく咲いていた。憶えたのはエゾスカシユリ、イワツツジ、コケモモ。イタドリとカラフトフキが温泉会館に行く道の脇に目立ってたくさん生育していた。後者は大きな葉をつけてはいるが、釧路のラワンブキよりは小振りである。木本ではハンノキ、シラカバ、シナノキ、ナナカマドらしい樹木。それからハイマツ、カラマツ、モミ、カヤやイチイに似た針葉樹。カラマツの松笠を拾ってみる。我々本州の赤松や黒松のより細長い。カエデ色々。ニセアカシアらしい白い花を利尻山神社境内で見た。昼食に船に戻る時間はなくなったので、町のパン屋でパンを買ってツアーバスの中で食った。
- バスはまず姫沼へ。ルピナス、ハマナスは海岸沿いの道端に、タンポポモドキ、コウリンタンポポは山路に、ツルアジサイは吊り橋から谷間に見えた。花の島に来る人たちである。流石によく知っている人が多く色々教わった。板を張った周回路を皆で一周した。エゾカンゾウは沼周辺で見たのであったか。この島ではどこからでも利尻富士が望まれる。富士と名の付くように秀峰であるが、富士山よりも方向性が強く、見る位置によって16通りに見えるという。沼を取り囲む樹木にはヤナギ科の木があった。海岸に引き替えし、車内でガイドの話を聞く。ラナルド・マクドナルド上陸記念碑がある。アメリカインデアンとヨーロッパ人との混血児で遭難のときアイヌに助けられ、幕府の手で長崎からアメリカに送り返された。彼が長崎のオランダ通辞に教えた英語が、ペルー来日時の交渉に大いに役立った。彼自身は10日ほどの利尻滞在であったが、アイヌの親切に心から感謝していたと言う。近代外交事始めのエピソードとして面白く聞けた。そのアイヌは今はどこへ行ったか、説明はなかった。
- 集落ごとに小さな鳥居と祠が見える。鬼脇港の部落にはやや大きい北見神社が鎮座している。明治になって道を国にわけたとき、ここらは北見国に入っていたためという。建設は二八取りの追鰊漁者だそうだ。二八取りとは場所請負人に漁獲量の2割を入漁料として支払ったことを指す。請負人は運上金と引き換えに漁場の権利を松前藩から買ったものらしい。上記はガイドの話した二八取りから世界大百科事典を調べた結果である。やたらと鳥居が目に付くのとは対照的にこの旅行中に私はお寺を見なかった。
- 次の下車はオタトマリ沼であった。空が晴れて利尻富士は頂上まで見えた。私はこの沼も一巡してみた。岸辺にはアヤメ科の花が色とりどりに咲いていたが、数はそう多くなかった。これからだろう。一周に約20分。駐車場の寿司屋ではエゾバフンウニの軍艦巻きが3貫で1000円だった。港で食べたムラサキウニより一段と旨いウニだったと誰かが云った。ムラサキウニとエゾバフンウニは針の長さが違うから誰でも見分けることが出来る。生きているウニの殻を割って取り出すのだが、身を取り出されても殻の針が動いている。ちょっと残酷に見える。
- 外人がレンズの焦点をそれに当てていた。英国でスッポン料理店が動物愛護団体にやられた事件を思い出した。見学させたら料理現場の写真を残酷の証拠とされた話である。仙法志の自然観察場で、ゴマフアザラシを見る。動物園のように岩の中に囲っている。桶に飼われているヤツもいた。そんな事許されるのカナ。奥様方は漁師が地面に広げて新聞紙に包んで売る昆布をおもしろ半分買い叩きながら一束づつ買っていた。一束1000円。消費税なし中間マージンなしだから安いはずだと誰かが云う。だが得てしてこんな商品は高く付くものだ。
- 次に沓形で下車。岬公園に時雨音羽詩碑がある。中山晋平作曲で藤原義江が歌った「出船の港」作詞者だそうだ。「ドンとドンとドンと 波のり越して・・」という歌詞である。詩碑のオルゴールが歪んだ声で唱っていた。店の名が「どんと」となった土産店や何かの事業店がいくつかあったようだ。土産店の小庭でレブンウスユキソウの白い花を見た。エーデルワイスに近い花だそうだ。ここは岩場だ。明らかに土とともに山から移植したものである。レブンアツモリソウが根っこから盗掘されて次々に姿を消す話は幾度か聞いたことがある。まずは町の人自身が自然をそのままにと言う気持ちをもたないと、希少種の絶滅は避けられないだろう。
- 利尻はともかく予定通りに進んだ。でも明くる日の礼文は初めからついていなかった。その様子は「利尻・礼文クルーズU」に書きましょう。
('03/07/04)