六月世相寸描

- 5/31読売夕刊は、朝鮮学校の教科名から革命が消え、金父子賛美一色の教育が、以前より北朝鮮に対して距離を置いた内容に代わる見込みだと報じた。私は、朝鮮学校の親北教育が反日に直結していて、拉致などの北シンパ活動の理論的根拠を与えているのではないかと危惧していた。見えぬ集団は疑われやすい。海外の日本人学校生徒はいずれ日本に戻る人たちであるが、朝鮮学校生徒は日本永住者である。日本に対し忠誠心を欠く教育と思われては身の置き場が無くなる。そうならぬためにもまずは朝鮮学校の全情報を公開して貰いたい。
- 6/1読売朝刊に北朝鮮船すべてを万景峰号並みに監視する方針と出た。なんと1年に1400隻もの船が北から入っている。サントペテルブルグでの小泉−胡首脳会談では北の核の平和的解決と拉致解決に合意したという。7日の土曜日、来日した韓国のノ・ムヒョン大統領と小泉首相の会談で対北朝鮮対策が話し合われた。NHKスペシャルでは「よど号と拉致」を放映した。JALハイジャック犯は妻達を巻き込みながら、平壌で北朝鮮大物工作員の配下になった。日本を始めとする西側の情報機関や警察機関だけでなく、東側の秘密警察までが、特にラングーンでの韓国政府要人爆殺テロ以来マークし続けていた証拠が明るみに出され、元妻の証言通りに、アジトと家主の証言が写し出されていた。これらの証拠を元にNHKは北朝鮮の国家意志による拉致と明言した。
- 6/3エビアン・サミットが終了。北朝鮮の核および拉致の平和的解決をうたった。G8+オブザーバー中国が同意した意義は大きい。SARS国際協力を含め日本からの重要議題がサミットの議長総括に明記されたのは始めてではないか。ASEAN会議でも核に対する懸念が表明されている。北朝鮮に対する世界的な包囲網が出来上がってきた。
- 6/12鳥取県知事が東芝製品不買を表明。東芝会長が議長を務める地方分権会議が気にくわないから東芝製品を鳥取は買わないという。地方分権会議には何の権限もない。議論を深めるための有識者の集まりだ。不買声明はそんな会議への筋違いの脅しである。簡単に切れてしまうヤクザを見ているようで、政治不信を加速した。鳥取県民は知事選挙では正しい選択をして貰いたい。
- イラクではフセイン支持派と言うか反米派というかいわゆるゲリラ軍と占領米軍との戦闘が続く。その中を自衛隊派遣を主眼にするイラク人道復興支援特別処置法案が13日に閣議で決まった。カンボチャや東チモールとは違い、頑丈な土煉瓦の隙間から銃が狙っている環境を想定して出掛けねばならないのは気の重いことだ。未回収の自動小銃が100万丁もあると聞く。イラク安定化のために軍隊を派遣するまたはしようとしている国は多いが、気掛かりなのは周辺のイスラム教圏諸国からの協力派兵がない点である。イスラム民衆の異宗教異民族に対する敵愾心は現地のTVインタビューを見ていても分かる。この敵愾心におもねる行動をとらないと、中東の独裁的専制的政権は土台が崩れるからであろう。イスラエルではパレスチナ過激派と軍の報復の繰り返しで、アメリカ主導の新和平案「ロードマップ」もハマスに吹っ飛ばされそうになっている。
- イランの重水炉計画が14日明らかになった。原子力発電の必要でない産油国の原子炉がプルトニウム生産を目指すのは明らかである。6/15の読売朝刊にはテヘランの4夜連続の反政府デモが報じられた。学生の自由要求デモである。官憲に識別されないためにか全員黒覆面である。異様である。イランの宗教専制政治にも強力な圧力が必要に成りつつある。6/15読売朝刊に対イラン・ジェットミル不正輸出の詳細記事が出た。ミサイル推進薬原料の粉砕が出来る証明データの提示をしている。
- アウンサンスーチーさん拘束でまたまたミャンマー軍政が世界の話題になりだした。ミャンマーに核武装の意志はなさそうだから、我々に北朝鮮に対するほどの危機感はないが、国民に民主主義の記憶が途絶える頃に危険が迫ってくると私は思っている。ASEAN拡大会議で「スーチーさん解放」が議長総括の形で発表されたことは、内政不干渉を了解事項としてきたASEANとしては画期的な出来事であった。アメリカのイラク侵攻以来、世界各国に積極的に隣国の本質に関与しようとする外交姿勢が見られるようになった。科学の力が時間的距離をどんどん短縮して行く。もはや隣の国だからと言って無関心でおれない。これが正常な姿である。
- SARS新規感染者の数が減少し、近々WHOは安全宣言が出来るようになるだろう。小国はともかくあの大国中国がよくぞ抑止できたと感心する。毎日6/17朝刊に中国メディアの報道ぶりを紹介していた。危険現場への果敢な取材や防止策の教宣などに大いに活躍したという。だが国民の目からの政府機関すなわち共産党に対する批判や要求は一切記事にならなかった。「党・政府宣伝機関」の限界を示したと総括された。4月世界中でSARSが報道されたのに中国では無視された。私は党の政治指導だったと思っている。我々はまだまだ中国に油断は出来ないということだろう。
- 読売6/10朝刊に「国立大学法人法案に反対する意見広告の会」の意見広告が出た。この法案が通れば大学運営の権限が今までの教授会からかなりが中央官庁に移る。教育も研究も文部科学省の認可事項になり、目標も大臣が定めるという。大学に500人からの理事・監事が生まれて学長をサポートする。誰を理事・監事にするかは具体的ではないが、官庁が認可権を持つ限り古手官僚の天下りを大量に受けねばならぬだろう。もう一つの高等教育研究機関である高専はいい参考だと思う。高専の教員は校長人事に一切権限が無く文科省の任命である。校長は永年有名大学の名誉教授クラスだったが、そのうちに文部科学省の古手がおいおい数を占めるようになってきた。法案が通ったら最初の内は世論を気にしてそんな風にはやらないが、頃合いを見計って天下り先としてがっちりルートにしてしまう。
- 法案のうたい文句−教育と研究の効率化−は結構だが、国民は、500人X3000万円/人=150億円を余計に出費し、先に作った副学長制に理事会監事会を重ね、つまり屋上屋を架してただただ会議と書類が踊る様を見せていただくだけに終わりそうだ。屋上屋の弊害は教育委員会の機能を見れば分かる。教師は現場よりも教育委員会を見ている。教師は次から次への委員会報告資料作りに疲れ果てるという。国立大学学長は日本ではその学校の理系出身者が多い。東大文系が上層を占める高級官僚には東大でも文系でもないと言うだけで目の上のこぶである。政治家に多い私大出身者にとっては国立大全体が敵愾心の対象である。そんな深層意識はおくびにも出さないが、真相はそんなところにあると私は思っている。
- 6/23の毎日朝刊に「国立大教員よ、甘えるな」と題したコラム(記者ノート)が出た。上記意見広告とは正反対で、「身分が安定した公務員のままがいい」とだだをこねているだけだ、予算配分の前後に評価を受けるのは当然だ、自由自治が侵されると云うが私大には自由自治がないというのかなどと書いてあった。どうも著者は私大出身らしい。私が現役の時代に、私大の研究者が先端を行く研究者として評価を受けた試しは国立大研究者に比べて圧倒的に少ない。理事長が専横私物化事件を起こす私大があとを絶たない。私大は二次大戦前に京大滝川事件のように大学の自由を掲げて戦ったことは一度もなかった。慶応・早稲田をはじめとする都内有名私立大学学生の度重なる集団レイプ事件。私は法案の美辞美句よりも、事実が、私大のシステムが日本にとって理想的とは云えないと結論していると思う。東京の公立高校が旧制時代の栄光を取り戻しつつある。新制になったときにはめたタガを緩めた結果である。下手に制度をいじくってはならない。教育研究界内部からの発酵で制度が変わるのならよいが、政治官僚マスコミなどの外部からの思い込みでは日本の将来を危うくする。
- 6/17の読売朝刊に2001年の国民生活基礎調査が出た。所帯あたりで書いてある。全平均が602万円、高齢者平均が305万円という。昨年より減少している。救いはアメリカのような極端な分布構造ではないことだ。分布上異常なのは1000-1500万円帯で11%いる。部長クラスの所得である。年功序列的に登れる最後のポストだからだろう。その内にもっとなだらかな分布に変わって行くのであろう。
- 6/21の「世界・ふしぎ発見!」でボルネオ熱帯雨林における一斉開花現象を扱っていた。すっかり忘れていたが、'97年に現地で飛行機事故により客死された京都大学生態学研究センター・故井上民二教授 の発見である。私はついこの間マレーシアで研究開発プロジェクトを実施中に病死したM氏を野辺に送ったばかりである。彼も偶然か京大出身者であった。開発途上国には成功したときのオリジナリティの豊かさを想像させる研究テーマがたくさん転がっていると思う。だからそれが危険と隣り合わせと分かっていても、研究者は取りかかろうとする。しかし「一斉開花」は6年経ってからででもクイズ番組に取り入れられたからましな方で、たいていは一般受けしないテーマである。そんなときに例の国立大学法人化法案の理事会はどんな判断をするのだろう。投資効果の低い研究として、ただし官吏らしい抜け目のなさでテーマは波風が立たぬように残して、予算は思い切りカットするのが落ちではないかと思う。
('03/06/30)