三人のおるいさん

- 文春文庫の御宿かわせみに27巻目の「横浜慕情」が出た。よく続くものである。鬼平だって特別長編を入れても24巻だった。長巻ものは初めの10巻ほども読んだら飽いてしまうのが普通だったのに、御宿かわせみだけは相変わらず読み続けている。鬼平に番外読み物が出たように、御宿かわせみにもこの27巻と並べて「御宿かわせみ」読本が同じ文庫から出た。その本でインターネットに「御宿かわせみの世界」というホームページまであることを知った。開いてみると、真野響子がるいを演じたときのテレビ・ドラマ主題歌「祭りばやしが終わるまで」のメロディーをバックに流す、「かわせみ」百科が現れた。
- ドラマ化でも鬼平とかわせみは好対照である。鬼平は作者死去種切れで一昨年終わったが、延々と12年に渉りフジテレビから放映された。「かわせみ」HPによると、かわせみも単発を入れれば5作もテレビに登場しているという。最初はなんと'73年で、るいは若尾文子だったという。ビデオもフィルムもなし、今となっては彼女の演技をもう一度見ることは出来ないのは残念である。テレビ朝日の単発もの(るいは古手川裕子だったそうだ)も同様だが、その他の3作はビデオ市販あるいは家庭用録画機器の普及で今日見直せるのは幸いである。私について云えば放映当時はまだ忙しい現役時代であったから、知っていても生で見る機会など少なかった。
- 鬼平ではキャストが吉右衛門、多岐川裕美以下常連は殆ど不変で、毎回個性の強い客演俳優で味付けをした。常連は鬼平役者になってしまって、鬼平完結後、例えば多岐川裕美が現代サスペンス劇に出てきたときは、何か場違いと感じたものである。それに対しかわせみでは毎作キャストが変わっている。私が今見れる3作のるいと東吾はNHK'82-'83の真野響子と小野寺昭、テレビ朝日'97の沢口靖子と村上弘明そして現在放映中のNHK金曜時代劇の高島礼子と中村橋之助である。スタッフも勿論3作3様である。だから同じかわせみでもそれぞれの解釈表現があって見飽きない。原作は1話毎の読み切りになっているが、半七捕物帖のような思い出話ではなく現在進行形で、登場人物は毎回年を重ねて行く。TV化はどれも割と初めの方に集中している。初めの方が、例えばるいと東吾の関係ように、相互の人間関係が不安定である点がドラマ化に向いているからだろう。後になると、人間関係が安定するのとは反対に世情が不安になってくる。それはそれで面白いのだがドラマ化には向かないのかもしれない。師走の月、秋の蛍、江戸は雪、江戸の子守唄、水郷から来た女、他にもあるだろう、競作されている話が結構ある。
- 原作のるいは、ほんの少し姉さん女房で、そのぶんやきもち焼き、勝ち気でお節介好きの女親分タイプと、武家育ちにもかかわらず下町の江戸っ子気質丸出しの女であると描かれている。宿屋経営で経済力があるから男には都合の良い設定である。真野響子は当時の社会制度の求める女らしさを絡めつつ原作の雰囲気を明るく表現した。沢口靖子は何よりも男好きするように艶やかに演じた。民放にしてはと言ったら失礼だが、時代考証もしっかりしていた。冬でも足袋をはかず、お内裏さまの男雛女雛は今と並び方が反対だった。高島礼子は先の2人よりは地味に見えるるいである。相手役の橋之助が、原作と違い、剽軽者に性格付けされているから、相対的にそう見えるのかもしれない。強いが粋な東吾という意味では村上弘明が良かった。水郷から来た女では沢口靖子も高島礼子も小太刀を振るったが、彼女らのチャンバラを見るのは初めてであった。
- 鬼平では特にそう思ったのであるが、劇を退屈させないためには脇役が大切である。現代劇にも時代劇にも名脇役がだんだん数少なくなって行く。るいが真野響子であったかわせみでは道之進の田村高広、嘉助の花沢徳衛、お吉の結城美栄子、長助の大村崑、香苗の河内桃子などなどみんな見応えした。るいが沢口靖子であったかわせみでも嘉助の笹野高史、お吉の藤田弓子、長助の石倉三郎、道之進の津川雅彦それに誰よりも源三郎の平田満がよかった。るいが高島礼子のかわせみでは道之進の草刈正雄はいいが、その他は少々寂しい。お吉の鷲尾真知子は独特のキャラクターを印象付けてくれるが、原作を読んだものには違和感がある。
- ドラマ化が、かわせみシリーズのあとの方の話からも選択される日が来るといいのにと思っている。
('03/05/07)