京大学部卒業式告辞


カレント・トピックスに一喜一憂していると、潮流の中の自分のあるべき姿など見失いがちである。京大学生新聞4/5号に長尾総長の告辞全文が出た。良識の基盤を説いている。人生の心構えを聴くなんて久しぶりだ。私はもう引退の身であるが、過去の経験と照らし合わせて、思い当たるあるいは反省させられる内容もあって興味深かった。以下に気に入ったフレーズを引用させていただく。
1. (卒業は)背後にあって有形無形の支援をして下さった皆さんの御蔭です。自分の存在は自分の力だけによっているのではなく、・・・、・自分のまったく知らない人、関係のない人にまで御蔭を被っているのであります。
2. 大学で学んだ先端的なことは数年もたてば役に立たなくなるでしょうから、これからも常に勉強を続けねばなりません。
3. 大学で学んだ基本的なこと、いわゆる教養というものは身についていて、いつまでも忘れないものであります。
4. 大学では直接学ぶこと以外に、目に見えない形で物の考え方、物事に対する価値観、人生に対するあるべき態度などを学び取り、体得します。これがいわゆる教養の核となる最も重要な部分であります。
5. (社会に出たら)たとえ指示されたことであっても、それを自分がしたと言うことは自分の判断でそれを決定したと云うことを認識しなければなりません。
6. 他人の真似をしない。多くの人が時代の流行に乗って同じようなことをしていたり、長い目で見たら実に下らない競争をしていると言うことが世の中には多くあります。
7. 特に評価ばやりの今日、他人からの評価によって価値が決められてしまうといった状況下では、(信じる道を進むことは)忍耐力という非常な勇気が必要であります。
8. 正しいことは古くから今日まで、いつの時代にも正しいのであります。
卒業生の約20%が女性だったという。存外に少ないのに驚いた。女性管理職30%の国際目標に到達するにはエリート候補の母数がそれ以上でないといけない。男性優位社会であるための障壁は着実に減少している。少なくとも規則の上ではもう残っていないだろう。先を見越して女性の方からも積極的に進出して欲しいものだ。そのために先ず卒業生の50%が女性であるべきだ。
卒業式を伝える写真が5葉載っていた。総長。起立斉唱の卒業生。威儀を正した壇上の諸先生。振り袖や袴姿の記念撮影−黒尽くめであった我々時代と比べれば、まことに女子大と見間違いそうな華やかさだ。最後の写真はなんとも式典にそぐわなかった。答辞に進む女性総代の前後に、狐の仮装行列が付いているのである。黒沢明監督のオムニバス映画「夢」の中に、狐の婚礼行列があった。TVでは昔のNHK「御宿かわせみ」に「狐の嫁入り」があった。それらにそっくりなのである。幼児っぽいパーフォーマンスなのがまず気に入らぬ。同じやるなら大学人に相応しいパーフォーマンスをやってほしい。
まさか式典裏方の演出ではあるまい。おおよそ違和感も甚だしいこんな悪ふざけを、前の総長はその場で「自分の結婚式でやったと思って見よ」と激しく批判したことを思い出す。祭礼でも相応に了解事項がある。式典ではより厳しく秩序に従うことを要求される。従わぬと慮外者として処置される。大学はそんな社会から隔離された別世界だと思ってやっているのなら、ひどい甘えである。式典の雰囲気を壊されても周囲は誰も制止しないのだろうか。不可思議極まる写真であった。来年度の就職試験では面接の時に是非話題にして、社会適性の判断材料にしたらよい。

('03/04/11)