ノーベル賞の発想


文部科学省の最近の発表では、アメリカには及ばないものの、わが国の理工学水準は、今では他の先進諸国に決して引けを取らないレベルになっているという。ノーベル賞、フィールズ賞(数学)そのほかの、世界的に著名な賞の合計数や一流学会誌引用文献数などがその発表の基礎にあるようだ。昨年の野依教授の化学賞受賞によって、日本の理系ノーベル賞受賞者数は7人に達した。先進国入りを果たした頃、諸外国はわが国を応用偏重と批判し、基礎科学への貢献を促したものだが、どうやら基礎の面でも肩を並べてだしていると思ってよさそうだ。だが最近の若者の理系学問の敬遠傾向は、先人の労苦を無駄にしかねないと危惧する。小学校中学校の理系教科時間の削減は、この退潮ムードを加速するのではないかと心配だ。
対策は色々議論されている。「自主性を持たせ」「楽しく」「解る範囲を」「興味を煽る内容で」などがキーワードだろうか。短い期間であったけれども、しばらくは時代の最先端の猛烈な競争に晒された経験から思えば、なにか甘い発想に写る。NHKウイークエンド・スペシアル「ノーベル賞の発想 頭脳−意思−風土」の再放送を見た。オリジナリティを生む現場がどんなに激烈かを、個性豊かに研究者達が語ってくれた。
インタビューを受けた人は殆どが京大関係者である。それは理系ノーベル賞受賞者7人中6人までが京大または旧制第三高等学校卒業生だからだ。私も以前からこの事実を不思議に思っていた。関東では京大は影が薄い存在である。理系はことに薄い。インタビューに出てきた先生方には、「権威」という称号が奉られていたが、初めてお目に掛かる方ばかりである。「マスコミ受け」と「権威」は違うということか。文部科学省の処遇−予算配分−も昔通り東大、京大の順だそうで、その間には年間40-50億円という大きな差がある。何かしっくりこない。
野依教授の直系後輩という大島教授は、有機化学実験は体力勝負だと称してマラソンのトレーニングを欠かさない。トレーニングのあとまた実験を再開する。教授になったら普通は自らは実験しない。家路につくのは11-12時だという。利根川教授は研究室には家系があるという。師匠から弟子へと創造性への行動様式が伝わるものだという。野依教授が京大の実験室に在籍していたとき、爆発事故を起こし、12針も縫わねばならなかった。先生の当時の実験日記には「explosion(爆発) 残念無念」と書いてあった。先生は1ヶ月はかかると云われたのに、1週間で実験を再開したそうである。大変な執着ぶりである。先生はここでノーベル賞になるテーマを得た。放送では云わなかったが、テーマ選びが学者の運命をかなり左右するのは事実だ。利根川先生のおっしゃる「家系」は、それも含んでいるのではないか。植村教授は「質の高い志は空気感染のように伝わる」と云った。これも家系と異口同音と云うべきか。
森島教授はヘムタンパク構造解析の権威だそうだ。福井先生の弟子で、「背中を見つつ」育ったとおっしゃる。福井先生もそうであったように、好みの散歩道を週に3-4回は歩くという。京都は盆地で、大学のあたりは山なりの扇状地にあるという。文学部の苧阪教授は、ダラダラした登り道を歩む運動は脳の発想部位を刺激するという。ご本人は裏の吉田山を散歩道にしている。カリフォルニア工科大学はノーベル賞学者4人を抱え、2000年度全米大学ランク1位と言う。そこもダラダラ坂が連続する土地柄である。福井先生はメモ魔でもあったようだ。散歩道の四季の移ろいまで克明にメモされている。就寝前にはメモ帳が枕元にいつもあったという。明け方の3-4時にハット飛び起きてメモを書き入れてまた寝たと夫人は語る。メモしないと忘れるような着想が有用なんだと言い残されたそうだ。苧阪教授は、発想が夜明け前に生じ易いことは、科学的にも云えることだとおっしゃる。
植村教授の発想刺激はビーカー洗いの時らしい。余計な神経を配らなくても済む何か軽い運動というのが、散歩やビーカー洗いに共通している。この先生が持ち出したもう一つの発想環境は社交場であった。先生が通うケミストリー(化学)・バーという愛称のバーが紹介される。化学専攻の学者も学生も集まるバーである。野依先生も来るんだそうな。不特定多数の間でのコミュニケーションが可能になる。東京と違って京都は空間が狭いから、研究も遊びも私生活も同居できるのだという。
私はこれらの大先生達と比べるべくもない学徒であったが、思い当たるところもあればそうでないものもある。NHKは、所詮個におんぶするところの多い発想について、よくも纏めたものだと感心した。発想をモノにしたのは、気合い、根性、努力である。これは真理だ。1000に3っつの成功にぶつかった幸運の時だけが天にも昇る心地のひとときで、あとは苦渋に満ちた長い忍耐の時間である。甘言で子供を釣るとその反動が怖い。研究だけではない。まともな職場ならどこでも、焦りと苛立ちが連続する厳しい仕事が待ち受けているものだと云うことも、小さな時から判るように教えるべきである。「自分に向いていない」と簡単に会社を辞めて、フリーターになる新卒者が多いことが、話題になった時期がある。苦がなければ楽がないことを、生活習慣として教えるべきだ。

('02/08/31)