阿波踊り


飛鳥クルーズで阿波踊りの見物に行った。
小松島港からの国道55号線は片道2車線のよく整備された道路であった。だが、道の両わきの風景は、目立てばいい看板と一人よがりな建物の連続で、町並みなど全く考慮されていない。別に徳島だけではなく、全国何処でも新道の両側はこんなものだ。景観を残す条例はあちこちにあるが、景観を作る条例を定めた地方はない。観光を売りものにする土地では必要なのではないかと思った。市役所前演舞場が我らの観覧席。県知事、市長ほか来賓などが集まるセレモニー会場のようで、何人ものご挨拶があった。
阿呆連の演技から始まった。伝統を守るトップクラスの連だそうで、よく訓練された演技だった。仙台から来たすずめ連だったか「朱雀」ののぼりを立てたチームは、両手に日の丸の扇を持ってコミカルに群舞した。阿波踊りを見に来た眼には全く斬新に映った。雀踊りとか云うのだそうだ。飛鳥連は、先頭がアスカプロダクションのダンシングチームで、洋風ショー形式の踊りを披瀝する。知らない連中は目を白黒させたであろう。飛鳥連は9回目で、船の大きさから乗客の人数など細かにスピーカーで紹介されていた。船長、機関長は襷がけで参加、知った顔も少し見えて、我々の観客席は盛り上がった。
踊りの距離は100m程度で、端から端まで15分ほど踊るのだそうだ。あとで聞いたら草臥れて手が上がらなくなるし、鼻緒に掛かる足指が痛くて敵わないそうだ。飛鳥連はもう一ヶ所別の場所で踊ってお開きだったという。あれなら我々もやったらよかったとは内弁慶たちが戻りのバス内で口々に云った言葉である。アメリカンファミリー生命の長い長い行列、純生の連、多分県庁職員だと思うとくしま連、身障者の福祉団体の連、留学生の連、連の中には3ー4才と思われる子供がかわいい演技をひれきするのもあった。あんな年頃から訓練するのだと思った。しかし鍛錬度で最初の阿呆連を凌ぐものはなかった。正味2時間も見物していただろうか。
寝る前にテレビを入れたら、総踊りというその日の出演連総出の、長い阿波踊り行列を写していた。出演の人数、観客の数、連の数、踊りの時間と広がり、いずれも青森のねぶたを凌ぐというのが総じての印象であった。
クルーズは翌日をオプショナル・ツアーにとり、翌々日瀬戸内海を観光航海して横浜に戻った。本州四国を結ぶ3本の架け橋は偉容であった。瀬戸内しまなみ海道の来島海峡大橋の下をくぐったのは朝食時であった。橋には自動車の姿はほとんど見かけなかった。この道路は永遠に赤字を続けるのだろう。それを賄うのは税金以外にない。その税金の負担能力があるのは大都会の市民で、端的に言えば東京都民である。道路通行料金で賄ってもプール制を敷けば結果は同じである。いびつな姿である。

('02/08/17)